第382話 王女が頷くかどうかが問題だ

「すぐに手配はするつもりだが、こっちにいつまで居られるんだ?」

「公爵様からは結果が出るまではこっちにいてよいと言われております。旧知の仲というのもあるのでしょう」

「なるほど。部屋はまあどうとでもなる。知らない仲じゃないしゆっくりしていけ」

「ありがとうございます。旦那様」


 オルレアンはそう言って深々と頭を下げる。

 物置を片づけて……いや、今は品物で一杯か。

 寝泊りはカズサの宿で面倒を見て貰うのがいいだろう。予行練習にもなる。


「ちなみに俺が断っていたらどうしていた?」

「この話はあまり大っぴらにできませんので、旦那様が断られた段階で引き返すつもりでした。なにかやるとすれば市場で買えるだけ買い付けるくらいでしょうか」

「それが賢明だ。もっとも市場からの買い付けはお勧めしないが」


 この話は帝国の火中の栗のようなものだ。

 無関係の者に漏らせばオルレアンの命が危うい。


 市場で帝国人のオルレアンが買える量などたかが知れている。

 それにその場合は輸送料も高くつく。

 公爵からそれなりに金を預かっていると思うが、恐らく馬車一杯がやっとだろう。


「こう言う取引はスケールメリットが大切だ。半端な量を買うと大損だぞ」

「商売のことはまだあまり分かりません……数字に関してはある程度理解できるようにはなりました」

「ふむ。さっそく勉強が身に付いているようだな」


 話しているだけでも以前に比べて教養の高さが分かる。

 以前は丁寧に話そうとしているだけの、なんというかおかしな敬語がずいぶんと様になっている。


「公爵様からの依頼だということを証明するなにかはあるか?」

「ございます。証文と手形をお預かりしています」

「……ずいぶんと信用されたものだ」

「だからこそ私のようなものに、このようなローブを貸していただいたのです」

「あまり卑下するな。公爵様がお前を信用していなければ任されない」

「そう、でしょうか?」


 オルレアンはやや不安げに返答する。

 念の為に見せてもらったが、ヨハネが見る限りは本物だ。

 これでも商人の端くれ、鑑定には自信がある。


 公爵家の名が記された証文や手形など誰かの手に渡ってしまえば悪用し放題だ。

 決して小さくない損失が出る。


 信用に値しない人物に持たせるなどあり得ない。


「今回は見せてもらったが、俺がいいと言わない限り決して他人には見せるな。これはそういう代物だ」

「分かっております。旦那様だからこそお見せしました」

「そうか。なら、いい」


 オルレアンの直接的な物言いに少しばかり照れが混じった。

 そうだった。オルレアンには駆け引きもくそもない。


「そういうことなら、話し合いの場にお前も来てもらおう。その方が話が早い。それを俺が預かるわけにもいかないし」

「承知いたしました。それでお話しするのはどのようなお方ですか? 大きな商会に顔通ししてくださるのでしょうか」

「いいや。多分この都市で一番大きな商会でもこの取引は首を振るだろう。利益は大きいがリスクも大きすぎるし、なにより認可が下りない」

「認可ですか……」


 個人の交易や取引などならともかく、都市の数ヵ月分の食料。しかも外国を相手に。

 どれだけ大きくても一商会が自由にできる裁量ではない。


 国家が管理すべき事案だ。

 そして穀物を初めとした輸出入の管理は、我らが麗しのティアニス王女の管轄である。


 これも運命か、あるいは神の悪戯か。


「これから会うのはティアニス第二王女殿下だ。彼女の許可が降りなければこの商談は成立しない」

「……第二王女殿下」


 オルレアンはオウムのように繰り返しつつ、呆然としている。


「そのような大きな話になるのですね」

「規模がデカすぎるからな。俺も関わり合いがなければこの話を受けることはなかったから善し悪しだが」

「どのような方なのですか?」


 オルレアンの質問にはいくつもの意味があることを察した。

 つまるところ、認可をとれるような相手なのかと聞きたいのだろう。


 その疑問はもっともだ。ここでどれだけ話を詰めて確証がとれても上がダメだといえば立ち消えになるのだから。


「俺もまだ深い付き合いがあるわけじゃないが、損得は分かる相手だと思う。それから情もある……はずだ」

「はず、でございますか」


 オルレアンは何か言いたげだった。

 あまり不確かなことは言わないで欲しいといったところか。


 冷血な人物ではないと思っている。

 相手と自分の利害を見る計算高さもあるように見受けられる。


 この案件に対してどう思うか次第ではあるが、決して悪い話ではない。

 うまく運べば帝国の公爵と皇太子に恩を売れる。

 もし他の勢力が勝ち残ったとしても帝国に食料を売っただけだ。


 咎められる筋合いはない。


 もし何かあるとすれば、既に他の皇族がティアニス王女と話を通じてある場合か。

 この場合は確実に却下されるだろう。


 オルレアンには悪いが、そうなった場合は覆す方法がない。

 うちの商会で扱える分をなんとか売るのがやっとになる。

 考えた内容をかいつまんで話すと、オルレアンは静かに言葉を噛み砕いている。


「その可能性は……ないと思います。基本的に外部からの介入はどこも嫌っておりますし、今回もあくまで公爵様経由です。そのティアニス王女殿下が個人的にどなたかと仲がいいなら、多分もう動かれていると思いますし」

「たしかに」


 去年の小麦の収穫量はかなり豊作だった。

 値段もそれに応じたもので、流通が減ったり高くなる時期もなかった。

 ティアニス王女と皇族の繋がりはないと思っていいだろう。


「まぁ、なんにせよ話してからだ。国庫の食料放出を嫌がる可能性もある。ひとまず会えるように陳情するからそれまでは旅の疲れを癒すといい。あとで宿に案内する」

「お願いします」


 その後ジェイコブを通してティアニス王女に謁見を願う。

 それからアズ達が帰ってきて騒がしくなった。


 アズなど半泣きになってオルレアンに抱き着いている。

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