第381話 公爵の使い
「見違えたな。誰かと思ったぞ」
「そうでしょうか?」
「ああ。色々と聞きたいが、とりあえず中に入れ」
「はい。お邪魔いたします」
オルレアンを家に招き、扉を閉める。
以前野盗に乱暴されたオルレアンを連れてきて、ここで介抱したのを覚えている。
オルレアンも同様なのか、周囲をキョロキョロと見ていた。
「懐かしいです。皆様にはとてもお世話になりました。もちろん旦那様にも」
「礼はあの頃に散々聞いたからもういい。それで一人で来たのか?」
「はい。このローブのおかげで安全に来れました。途中までは送って頂きましたけれど」
そう言ってローブの裾をひらひらさせる。
ただのローブではないようだ。魔法が込められているのかあるいは魔道具なのかもしれない。
野盗に襲われた直後は前後不覚になるくらい弱っていたのに、ずいぶんたくましくなった。
「少し待っていろ」
客が来たのに飲み物一つ出さないのは失礼だ。
さっと湯を沸かし、茶葉の入ったポットに入れてカップに砂糖を入れる。
そして茶葉がいい感じに香ってきたらカップに注ぎ、余っていたシナモンスティックを短く切って、砂糖を混ぜるのに使う。
その後はそのまま茶に付けておけばいい。
お茶請けにアズが作ったクッキーがまだ残っていたので出す。
「ほら」
「ありがとうございます、旦那様」
オルレアンはそう言うとそっとカップを持ち、上品に飲む。
「……美味しい。私を助けて下さったときも、シナモンの入ったパン粥をご馳走してくださいましたね」
「よく覚えているな」
「忘れませんよ」
そう言ってこっちを一直線に見つめる。
意志の強さを感じさせる眼差しだった。
短めに切られていた青い髪はすっかり伸びて肩まで届いている。
ずいぶんと大人びた雰囲気だ。
それからクッキーに手を伸ばし、一枚食べた。
アズが作ったというととても驚いている。
「さて、旦那様。お話してもよろしいでしょうか?」
「ここに来た要件か。都市アテイルからここまで来るのは簡単じゃない、野暮用ではないんだろ」
「はい。……実は公爵様から頼まれて来ております。旦那様は今の帝国の情勢をご存知でしょうか?」
「帝位争いで揉めていると聞いている。詳しいことまではしらないが」
「さすが旦那様です」
少しばかりオルレアンからの評価が高すぎる気がする。
恐らく色眼鏡もはいっているだろう。
しかし帝国の公爵様から直々にとは。縁があるとはいえ元老院の一員でもある人物から何かを頼まれるほどの力はないのだが。
「世辞はいい。それで?」
「本心なのですが……。それで帝国の皇太子様と、それ以外の兄弟の方々が勢力争いを始めております。軍事行動までは発展しておりませんが、既に一人暗殺されたりと大変な事態です」
フィンが以前怪我をして帰ってきたことを思い出す。
実力のある暗殺者たちは帝国に集まり、秘密裏に争っていると言っていた。
フィンほどの実力でも危険な場所と化しているのは知っていたが、まさか皇族の一人が暗殺される事態にまでなっているとは。
「それ自体も問題ではあるのですが、その影響で帝国の食料の値段が高くなっております。太陽神教や周辺の国からの輸入が途絶えがちといいますか……」
オルレアンは言葉を濁す。
言いにくいことなのだろうか。
こういう時に喜んで介入しそうな太陽神教も持て余すほどなのか。
「その、買い取った食料を勢力内で溜め込む皇族方が出てきておりまして。皇太子様もそれに対抗する形で同じことをされてしまって」
「ああ、そういうことか」
うちと仲良くしないなら食料は売らない。
もしくはもっとストレートに傘下に入れという意思表示か。
無体なことをする。食料は人が生きていく上で不可欠だ。
争いごとをしている連中は多少値が上がっても飢えないが、市井の人々は違う。
きっと飢える人が出てくることだろう。
帝国はこれから恐ろしく荒れるに違いない。
そんな国を治めたいと思っているのだろうか。天上人の考えることは分からない。
「しかしアテイルなら大丈夫じゃないか? お前に言うのは何だが食料を生産している巨大な荘園がある。影響は受けないはずだか」
「はい。しかしだからこそと言いますか、公爵様を頼る人も多く。今アテイルは以前よりもたくさんの人が居らっしゃいます。それに近くの都市も食料を求めて殺気立っておりまして」
「なるほどな……。それで俺にどうして欲しい?」
「小麦を三十tほど買い取らせてほしいのです。旦那様には無茶なお願いをしていることは承知しております」
「なぜ俺なんだ?」
「公爵様は皇太子様を支持しております。そして、皇太子様は今他国からの介入に対して非常に敏感になっていると聞いております。しかし取引したことのある一商人から多く食料を買い求めることにまでは干渉して来ないだろうと」
「そうか」
一旦会話を止める。
オルレアンから聞いた話を頭の中で纏めていく。
恐らく軍事行動寸前にまで火がついてしまっている。
なりふり構わず食料を集めているのがその証拠だ。
この要求を飲めば皇太子派という見方をされるだろう。
となるとティアニス王女は避けて通れまい。
なぜ言わなかったと聞かれて、聞かれなかったからでは済まないだろう。
しかし三十tか。パンにすれば三倍近くなるとはいえ凄い量だな。
奇しくも、今ノルマとして課されている量に近い。
……ノルマに手を付けなかったとしても、この量の小麦を集めて帝国に売ると間違いなく目立つ。
「備蓄もありますのでまだ食料に余裕はありますが、次の収穫までの期間を考えるとなるべく早く欲しいとのことです。ただ無理なら断ってもよいと」
やれ。と言わないだけあの公爵様は優しいが、断ればせっかくの縁も消えてしまう。
「できるが、俺一人で返事はできない。話をしなくちゃならない相手がいる」
「……できるのですか?」
「商人が客に売れませんとは言わない」
オルレアンは驚いた顔をする。
当時のヨハネでは当然無理だ。集めるだけの力が無かった。
しかし今ならなんとかなる。
ティアニス王女が許可を出せばの話だが。
……できることが増えたら一人で自由にとはいかない、か。
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