第380話 かつて荘園の農奴だった少女
「不要な魔道具は売るとして……あとはこれか」
今回の水晶郷でも色々あったようだが、ボスを倒して双剣を入手したらしい。
水晶でできており、サイズは短剣といったところ。
しかし普通の水晶ではないらしく、強度もあってアレクシアの見立てではかなり切れ味もよいとのことだ。
フィンが試しに一度使ったところ周囲の魔力を吸収し、刃こぼれが起きても修復する特性があることも分かっている。
「美術品としては少し武骨だが、欲しがる人間はいそうだ」
「買い手はつくと思うわよ。自然に元に戻る武具なら手入れも要らないし」
「たしかに。なんなら使うか?」
「……いいの?」
「やるとは言わんがな。協力している間は貸すなら許可しよう」
「ケチね。でもこの武器は悪くないわ」
フィンが使用しているダガーはよく手入れされているものの、ごく普通のものだ。
今回のように生身ではない相手などには対処に困る部分がある。
暗器で対応するにしても限界があるだろう。
この水晶の双剣なら魔力のないフィンでも扱える。
蓄えた魔力で攻撃することも可能だ。
幅が広がるだろう。
「少しの間休んでくれ。とはいえ次の予定も決まっているのだが」
「なんですか?」
「アズは経験があるだろ。羊の大行進だよ」
「羊……。あっ」
以前アズだけしか奴隷がいなかった頃に、ウォーターシープの大群がカソッドを通ったことがあった。
その時にアズを派遣し、羊を狩らせたことがある。
結果は……あの頃のアズにしてはよくやったというべきか。
羊の大移動が接近するのは一年のうち、寒くなる前と温かくなる前の二回。
今回はその二回目がもうじき始まる。
一回目はどたばたしていたのでアズ達を参加させる暇がなかった。
二回目は小遣いにもなるし参加してもらうとしよう。
羊の毛皮は防寒具以外にも使い道は多いし、肉はいくらあってもいい。
ウォーターシープは繁殖力が強く、毎年狩っても絶滅しない。
それどころか狩った数が少ないと道中の草が全て食われて荒れ地になってしまう。
そうなると道が悪くなったり、魔物の生態系が変わったりして色々と悪影響が起きて商売に支障が出る。
「予定では七日後だな。それまではゆっくりするといい」
「羊、ねぇ」
「まぁ別に構いませんけれど」
直接見たことがないフィンやアレクシアはいまいちな反応だった。
しかしあの群れを見ると考えを改めるだろう。
出した魔石などは再び袋に詰め直させる。
「えと、それでは失礼します」
頷くとアズ達が部屋から出ていく。
置いていった魔石や水晶はオークションに流せばそれなりの額になるだろう。
冒険者の格が上がってきたとはいえ、おいしい依頼はそう簡単には舞いこまない。
こういう地道な稼ぎを積み重ねていくのが大事だ。
大きな取引はそもそも手形のやりとりになってしまい、運転資金にはあてられない。
アズ達に頼る部分はまだまだありそうだ。
店の更なる増築もしたいし、もっと高難易度の新しい迷宮に行くには装備の更新も必要だ。
小作民から小麦を買い取り、それを王国に引き渡せば一旦らくになるはず。
その時に一気に店を増築してしまおう。
それで父親から引き継いだ土地はようやく使いきれる。
立地の良い土地を新たに手に入れるのは不可能に近い。ようやくここまで来れたかという思いが湧いてきた。
税金を払ってでも維持してきた甲斐がある。
後はつつがなく進んで欲しいという思いで一杯だった。
幸いトラブルもなく、アズ達とそこそこ忙しい日々を送ることができた。
暇をしている誰かを捕まえて手伝わせれば大量の仕事もなんとかなる。
そうして日々が過ぎ、アズ達を羊狩りへと送る日が来た。
「今度はちゃんとたくさん稼いできます。一人じゃないので横取りもされません」
「そういえばアズちゃん一人じゃ色々困るから私を買ったんだね。そういう意味ではよかったのかなぁ」
「あの時は大変でした……。横取りされそうになって役人に言っても聞いてくれませんでしたし、親切な人がいなかったらどうなってたか」
「どこにでもしょうもない連中はいるわ」
「上も変わったしそんなことはもうないと思ってるけどな」
今はジェイコブが領主として目を光らせているものの、当時は前領主の息子が太陽神教と組んで幅を利かせていた。
役人達も警備隊もろくに仕事をしなくなってしまい、都市としてもう破綻寸前だった。
今思えばそれが目的だったのだろう。
アズが、いやアズ達があの石像を倒さなければどうなっていたことか。
「怪我に気を付けるように。下手にトラブルに巻き込まれるなら早めに切り上げてもいいからな」
「分かりました。しっかり稼いできますね!」
頼もしくなったなぁと思いながら見送る。
この四人にちょっかいをかける冒険者もいないだろうし、任せておけば大丈夫だろう。
裏の扉を閉めて、カズサのところへ様子を見に行こうと準備をしているとノックがあった。
アズが忘れ物でもしたのかと、やれやれと思いながら鍵を開けて扉を開く。
するとそこにはフードを被った人物がいた。
フードは純白のシルクで、見ただけで高級品と分かる。
誰か分からず、思わず硬直していると相手が自らフードを下ろして顔を見せる。
……見覚えがある。
以前帝国に立ち寄った際に助けた荘園の少女。
オルレアンだった。
少し背も高くなり、髪も伸びている。少しボサボサだった髪は手入れされ奇麗な長髪だ。
なにより環境が良くなったのか、痩せて細身だった身体も健康そうに見える。
少なくとも虐待などは受けていなさそうだった。
「お久しぶりです、旦那様。オルレアンです」
そう言ってオルレアンは丁寧なお辞儀をする。
かつてあった時とはまるで違う。
まったく学のなかった農奴には見えなかった。
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