第379話 そんな顔をするな

「……ああ、帰ったか」


 書類で山積みになっている状態で帰ってきたアズとアレクシアを出迎える。

 残りの二人はリビングでくつろいでいるとのことだ。


「ご主人様、何だか疲れてますね?」

「お前達よりは疲れてないさ。おかえり」

「ただいま帰りました」


 無事に全員が帰ってきたのを確認してホッとする。

 アレクシアにエルザもいるので無茶はしないとは思っているが、一度迷宮や依頼に出たら信じて見送るしかない。


「それで、この書類の山は何なの? 出る時はもう少し片付いていたと思うのだけど」


 アレクシアの疑問ももっともだ。

 今机の上には顔も見えないほどの紙が積み重なっている。


「カルネヴァーレと取引を開始したからな。その関連書類だ」

「こんなに? ただでさえ紙は高いのに」

「王都ではそうでもないらしい」


 この辺りではまだまだ羊皮紙が主流だ。

 その理由は羊皮紙の方が契約の魔法に向いているのと、紙は非常に高価だからだ。

 紙の本一冊買うのにも金貨が必要なほど。


 ……しかし王都では最近紙が出回り始めているらしい。

 製紙技術は太陽神教と共に王国でも広まったが、余剰木材の関係であまり盛り上がることはなかった。


 どこから木材を仕入れたのだろうか。

 なんにせよ大量に送られた書類を一枚一枚確認する。


 次からはここまで大変ではないものの、定期的に取引する以上は終わらない。


「とりあえず休んでていいぞ。手が空いたら呼ぶ」

「分かりました。皆に伝えてきます」


 言わないとアズはずっとそこに居てしまう。

 アレクシアもいるのであまり待たせたら何か言ってくるとは思うが、迷宮に行って疲れているだろうしさっさと休ませよう。


 アズ達が退室し、再び仕事に集中する。


 ……今は何とかこなせているが、規模が大きくなるとここまで忙しくなるとは思わなかった。

 裁量は不要だが確認はしなければならない。

 店のことは全て部下のカイモルに任せてこれだ。


 世の中の商人の多くが一つの店に留まる理由が理解できた気がする。


 カズサに任せている宿も近いうちに稼働する。

 現場はそのまま任せてもいいだろうが、事務作業はまだ難しいだろう。

 こっちに回してくれとも伝えている。


 今回はなんとかなるし、なんとかする。

 しかしこのまま仕事だけが増えると過労死する。


 書きなぐるようにしてサインをしながらそんなことを考えた。

 事務員が必要だ。


 しかし作業内容的に信用できる相手にしか任せたくない。

 以前裏切られたことも頭にまだ残っている。


 エルザやアレクシアに手伝ってもらうこともできるが、それは本末転倒だ。

 同じことを前にも考えたなと苦笑する。

 忙しくて思考が堂々巡りしているようだ。


 事務作業ができる奴隷とかいないかなと割と本気で思った。

 奴隷商に聞いてみたことはあったが、そういう奴隷はすぐに売れてしまう。

 高級奴隷ならばそういう技能持ちも網羅してあるが凄まじく高い。


 よほどの財産がなければとても手が出ない。


 なんとか仕事を終わらせたが、アズ達が来てから数時間は経過していた。

 呼び出すと慌ててアズがやってくる。


 口元をぬぐっていたのでもしかしたら昼寝していたのかもしれない。

 少し気の毒だが、後回しにしているとまた仕事が増えてしまうので仕方ない。


「持ってきました!」


 アズが水晶郷で得たアイテムの入った道具袋を持ってくる。

 見た目は小さな布袋だが、収納の魔法で中が拡張されているので見た目よりずっと物が入る。


 中身を絨毯の上に広げると、大きめの魔石が出てくる。

 水晶郷でしか手に入らない水晶化した魔石もある。


 魔石としても使えるが、インテリアとしての人気もある。

 いざという時には魔石としても使えるのが便利だと言われている。


 その代わりに少し割高なので需要が多いわけではないのだが、アズ達が持ってきてくれた分ぐらいなら十分捌ける。


「少し魔石が少ないな」

「あ、それはですね」


 小さめの魔石が少ない気がする。

 それを訪ねてみると、アズが腰の小物入れを取り出した。


 別に分けていたのかと思っていたら、そこから宝石類が出てくる。


「スパルティアが近かったので、ご主人様を真似して魔石を換金して買ってみました。ダメでしたか?」


 途中までは自信満々だったのに、いざという時になると急に弱気になる。

 アズに足りないのは自信と経験だということがよく分かる。


「そうしょげるな。考えて行動したんだろ?」

「も、もちろんです」


 宝石を一つ手に取って、片眼鏡を左目にとりつけて鑑定する。

 スパルティアで購入したなら偽物をつかまされることはない。


 本物なら品質が多少悪くても問題ない。

 スパルティアとカソッドでは価値が大きく異なるからだ。


 ハラハラしながら見てくるアズに苦笑しつつ鑑定を終える。

 偽物は一つもない。

 いくつか形が悪いものもあるが、そこは新規の客ということもあり仕方ないといったところか。


「問題ない。むしろよく買ってきたな。これだけで十分いい儲けになる」

「良かったぁ」

「よく覚えてたな。結構前の話なのに」

「えへへ。なるべくお役に立ちたいので」


 可愛いことを言う。

 将来はさぞ男をたぶらかしそうだ。


「フィン、現物支給と金とどっちがいい?」

「金にしてちょうだい。そもそもあんたの方が高く売れるでしょうに」

「まあな。一応聞いてみただけだ。当てがあるならと思ったが」

「買い叩かれるあてしかないわよ。だからこうしてるのもあるし」


 そう言って、しまったという顔をしてフィンが舌打ちした。

 余計なことを言ったと思ってるのだろう。


 年齢のこともあり、実力はともかくどうしても侮られるらしい。

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