第377話 体を休めよう

 アズが目を覚ますと、水晶郷の外で寝かされていた。

 周囲を見るために起き上がるとエルザが水を持ってきてくれた。


「大丈夫?」

「なんとか。少し気持ち悪いですけど」

「ならよかった」


 水の入ったコップを受け取り、口に含む。

 冷たい水で一度口をゆすいで吐き出す。


 それから水を嚥下すると大分気持ち悪さも収まってきた。


「どうなりました?」

「あんまり戦いたくなかったから、あそこからさっさと出たわ」


 フィンはそう言って近くから集めてきた枯れ枝を置く。

 その枯れ枝にアレクシアが火をつけた。


 どうやら気を失ってからそれほど時間は経っていないようだ。


「ちゃんと魔石も回収したから、安心してゆっくりしてていいよ。魔道具も手に入ったし」

「いえ、もう大丈夫です」


 そう言って立ち上がろうとしたものの、足に力が入らない。

 浮いたお尻がまた地面についてしまった。


「ほら、無理しないの。これを返しておくわね」


 アレクシアに肩を叩かれ、貸していた封剣グルンガウスを返してもらう。

 座りながら鞘に納めた。


 最後の一閃を思い出す。

 凄まじい攻撃だった。


 もしかしたら、この剣はアレクシアが持っていた方がいいかもしれないと思うほどに。


「そんな不安そうな顔をしないの。私はたしかに剣も得意だけど、このパーティーの役割は魔導士なんだから。前衛はアズ、貴女よ」

「えっと、はい」


 内心を見透かされて恥ずかしくなる。

 どうやらお見通しだったようで励まされてしまった。

 恥ずかしさのあまりかぶっていた毛布を口元まで引き上げる。


「それにあの剣は私には向かないわ。際限なく魔力を込められるからつい全力で使っちゃうもの。魔力が枯れちゃうわね」

「性格が出てる」

「うるさいわよ」


 腰に手をやり、アレクシアが封剣グルンガウスの感想を述べた後、フィンがからかう。

 それに対してアレクシアがふん、言い返す。


 水晶郷にはアレクシアの一撃でできた穴がここから見える。

 迷宮なのでいずれ塞がるだろうが、しばらくはあのままだろう。


 とても同じことはできない。

 強くなったと思っていても、それは以前の自分と比較してであって相対的にはまだ弱いのだと自覚する。


「とりあえずご飯食べて動けるようになるまで休もうね」

「そうですね……ごめんなさい」

「謝る必要はないでしょうが」


 隣に座ったフィンが右ひざを足に当てて右手をあごに添えながらこっちを見る。

 どうやら励ましてくれているらしい。


 意外と優しいところがある。


 焚き火の上に鍋を置き、水と麦を入れて干し肉を混ぜる。

 それに近くにあった野草をちぎって混ぜれば粥の完成だ。


 恐らく気を使って消化にいいものを選択してくれた。

 皿に次がれたそれを受け取り、スプーンですする様にして食べる。


 温かい食べ物を食べただけで少し体力が戻ったような気がした。

 皿に盛られた分を食べ終わると、眠気が押し寄せてきた。

 身体はまだ休息を必要としているのだろう。


「眠い? もう少し寝ていいよ。夜まではまだ時間があるから」

「なら少しだけ……」


 エルザが膝枕をしてくれる。

 柔らかい太ももの感触を感じながらもう一度眠りに就いた。


 次に目を覚ました時は、身体がぐっと軽く感じた。

 体力が戻っている。


 目を開けるとエルザが髪を手櫛で梳いてくれていた。


「起きた? 元気そうだね」

「もう大丈夫です」


 返事をして立ち上がる。

 今度はふらつくこともなく立ち上がれた。


 周囲を見ると、太陽が地平線に近くなっていた。

 あんまりグズグズしていると夜になりスパルティアに入れなくなってしまう。


「長く寝すぎましたね……、移動しましょう」

「そうね」


 起きたらすぐに動けるようにしていたのだろう。

 すぐに皆立ち上がり、移動を開始した。


 太陽が沈みはじめ、夕日が大地を赤く染める頃にスパルティアに到着した。

 屈強な戦士の門番がジロリとこっちを見る。


「あの、まだ入れますよね?」

「ああ」


 ぶっきらぼうに言うと、門を開けてくれる。


 ……やけにみられているような気がする。

 何だろうと思いつつ門を通る。


「次の武道大会には参加するのか?」

「えっと」


 立ち止まる。

 スパルティアの戦士は皆ほぼ同じ格好をしているが、そう言えばこの人は見た覚えがある気がする。


 ……そうだ、たしか以前参加したオセロット・コロシアムで戦った戦士の一人だ。

 ギリギリの戦いだったが、なんとか勝利できた記憶がある。


「その予定はありません」

「そうか。もし次があれば負けない」


 それだけが言いたかったのか、視線を切って門番の仕事に戻る。

 何かこっちからも言った方がいいだろうか。


 アレクシアが促すように口パクする。

 反論しろと言いたいようだ。


「次も私が勝ちます」


 そう言ってスパルティアへと入っていった。


「この国で強い者は全てを得るだろう、とはよく言ったものね。末端の兵士まで負けず嫌いときたもんだ」

「王様が確かにそんなことをいってました。富も名誉も、この国ですら」

「実際に外の人相手に王様が負けたことはないらしいけどね」

「これ位シンプルだったら、私の家ももう少し楽でしたわねぇ」


 宿に戻り、腰を下ろす。

 これから汚れを落とす為に風呂に入らなければならないが、その前に戦果の確認が先だ。


「真面目よね」


 フィンがやや呆れたように言う。

 しかし大事なことだ。


 床に戦利品を並べるために四人全員の道具袋をひっくり返し、全て取り出す。

 仕分けしていき、小さい順に並べた。


「思ったよりはあるわね」

「後半は結構大物が多かったから」

「たしかに」


 戦闘回数は他の迷宮に比べて少なかったものの、戦利品自体は結構多い。

 大きな魔物から魔石と水晶、それにいくつか魔道具が手に入ったのが大きい。


 価値に関しては、換金をあまりしたことがないアズ達には分かりかねた。

 これだけあって大した儲けにならないとなると、少しがっかりされるだろうなと思うのでそうではないことを願うばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る