第375話 魔物でもないなにか

 早朝からバタバタと慌ただしい音がする。

 目を覚ましたアズが窓から外を見てみると、スパルティアの戦士たちが魔物の死骸を運び込んでいた最中だった。


 一杯になった台車が何台も見えた。


 あれだけの魔物がいれば魔石だけでも相当な量になるだろう。

 肉や皮も残さず加工されていく。このスパルティアが豊かな最大の理由だ。

 宝石は副産物に過ぎない。


 無限に魔物が湧き出る大穴は、本来であれば国にとって存亡の危機に関わるような場所だ。

 しかしこの国は圧倒的な武力でそれを抑え込み、そこから大きな富を得ている。

 大穴に対峙する代わりに近くの国から食料の援助なども引き出しており、大陸の中では大国である王国や帝国に次ぐ存在感がある。


 ……すべて主人であるヨハネの受け売りだ。


 濡らしたタオルで顔を拭き、身嗜みを整える。

 それから少しして四人とも準備を済ませた。


 朝食は麦粥だった。ただし、肉煮がたっぷりと添えられておりサイズも大きい。

 小皿にピクルスもある。

 豪快な朝食だった。


 それを平らげて再び水晶郷へと向かう。


 魔力の節約のために戦闘は極力避けて最上層へと進む。

 移動するだけなら進むペースは速い。

 前回の半分に満たない時間で到着することができた。


 部屋へと繋がる水晶の扉からは変わらず球体が見える。

 そして、暑さも健在だった。


 まるで燃え盛る火の前にいるような熱が体力を奪い、発汗を引き起こす。

 水分補給をすませて、アレクシアとエルザが扉を押して開ける。


 すると熱風が四人へと吹き、髪をなびかせる。


 口を開くとあっという間に中が乾いて喉を傷めそうだ。

 視線を送り、頷くことで合図を送る。


 アズは右手で右目を塞ぎ、使徒の力を引き出す。虹色の色彩が浮かぶのを感じる。

 同時に水の精霊がその姿を現した。

 アズから魔力を吸い上げ、その丸い液体が大きくなる。


「お願い」


 口を塞いで熱波が入らないようにして小声で水の精霊に頼み込む。

 水の精霊はその体積を増やしながら部屋へと向かい、浮いている青い球体と衝突した瞬間水が溢れた。


 水蒸気が部屋を満たし、熱湯が沸くボコボコという音がした。

 それに構わず水は膨張を続け部屋を満たした。


 すると先ほどまでの焼けそうなほどの暑さがやわらいでいく。


「氷の魔法で冷やすわ。なるべく時間を稼ぐからその間に終わらせてきて」


 アレクシアはそう言うと、両手を前に出し魔法に集中する。

 周囲が冷気に包まれていく。


 アレクシアを除く三人はその言葉に頷き、水の中へと飛び込んでいった。


 最初に感じたのは生ぬるい温度だ。

 魔法の効果で息は問題ない。


 かき分けるようにして球体の方へと向かう。

 アズは自らの魔力が急激に減っていくのを感じた。


 使徒の力で底上げしても長くは持たないだろう。

 服が濡れて張り付いて動きにくい。


 球体に近づくと、段々と水の温度が上昇しているのが分かった。

 幸い熱された風呂と呼べる程度のもので、エルザの祝福もあり何とか耐えられる。


 泳ぎの得意なフィンが真っ先に球体に到着した。

 球体の周辺では絶えず気泡が浮かび上がっている。

 相当な温度なのだろう。


 フィンが試しに杭を球体に添え、頭をダガーの柄で叩く。

 しかしビクともしない。


 水中で動きにくいのもあるだろうが、相当な硬さのようだ。

 エルザがメイスを振りかぶって杭へと打ち込む。


 鈍い音はしたものの、傷も付かない。

 エルザの力でもダメとなると、これしかない。


 手振りで二人には離れてもらい、アズはゆっくりと封剣グルンガウスを鞘から引き抜いて構える。


 ……水の温度が上がり、湯のようになってきている。

 長居はできそうにない。


 アズは水の精霊に送っている魔力を全て剣に移し、力いっぱい振り抜いた。

 剣が球体に触れる。


 創世王の使徒の力をもってしても、表面に傷が入った程度だった。

 しかしこの剣の真価はこれからだ。


 アズの残った魔力を全て消費し、追撃の斬撃が発生して。

 いかなる原理か、この斬撃は物体の硬度を無視する。

 魔力の量が多いほど斬撃の威力は上がる。


 かつて出会ったキヨというアンデットは、この剣を一振りしただけで岩壁に大きなくぼみをつくったほどだ。


 球体はこの斬撃にしばらく抗うように耐えていたが、アズの魔力が切れる前に決着が付いた。


 球体は真っ二つになり、地面へと落ちていく。

 アズからの魔力がなくなったことで水の精霊は膨張をやめて元の小さな姿へと戻っていった。


 部屋を満たしていた水はまるで存在しなかったかのように消えていき、そこにはずぶ濡れの三人と、駆け寄ってきたアレクシアの姿があった。


 地面に転がった真っ二つの球体からは先ほどまで発せられていた熱が消え失せており、見たところただの青い石のようだ。


 魔石も落ちてはいない。

 魔物でもなかったようだ。


 アズがゆっくりと球体を拾い上げようとした瞬間、エルザに肩を掴まれた。

 珍しく顔色が悪い。

 まるで何かよくないものを見たような顔をしていた。


「えと、どうかしましたか?」


 エルザの珍しい様子に少し気押されつつアズは尋ねた。

 最近見ることのなかった、真面目なエルザだ。

 肩を掴む力はとても強く、少し痛い。


「あの、エルザさん。少し痛いです」

「どうしたの?」


 不思議に思ったフィンが近づいてくる。

 アレクシアも一緒だ。


「ここは人が来ない迷宮だよね」

「そう聞いてます、けど……」

「こんな手段で増やしていたのね。迷宮の魔力を利用してたんだ」


 エルザはアズから手を放し、球体の破片を拾う。

 すると砂のように崩れ落ちていき、消えてしまった。


「消えちゃった。魔物でも魔道具でもなかったわけ? じゃあなんなのよ」

「さぁ?」


 アレクシアは肩を竦める。

 エルザは手についた粉を払う。もういつもの様子に戻っていた。


 念のため部屋を探索してみると、奥で宝箱を見つけた。

 フィンは舌なめずりして腰から道具を取り出して器用に宝箱を開ける。


 中には二振りの短剣が入っていた。水晶で出来ているのか、刀身が透けている。


「じゃあ外に出る? どうせアズは魔力もないんだし」


 フィンが水晶の短剣を回収し、宝箱から背を向ける。

 そんなフィンにアズ達三人は少し驚いた顔を向けていた。


「……なによ。宝箱を開けたのがそんなに驚くこと?」

「後ろ、後ろに!」


 アズが指摘した瞬間、フィンは前へと跳んだ。

 そこへ水晶の蛇が姿を現した。

 同時に扉が閉じる。


「音も気配もなかったわよ」

「そういう魔物なのよ。多分あの球体がなくなったから出てきたのね」

「多分、この蛇が本当の迷宮の主かな」

「なら倒して帰りましょう」

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