第374話 もしかしたらこうすれば?

 スパルティアは魔物が多い。とにかく多い。

 だから肉には困らない。

 魔物を大陸でもっとも食べている国だろう。


 露店では山積みにされた肉が次々に焼かれており、それを買い求める客も多い。


「肉と油と塩! って感じね……」


 フィンはそう言って骨付き肉を一口頬張り、飲み込む。

 味はよかったようで、すぐにまたかぶりついた。


 アズが手に持っているのはパンに焼肉をこれでもかと盛ったサンドイッチだ。

 油断すると肉汁が溢れてしまうので注意して食べる。


 かぶりついた時に少しだけ口元が汚れてしまい、それをエルザがハンカチでふき取った。


「ありがとうございます」

「いいのいいの」


 夕食を食べ歩きしながらスパルティアの通りを歩く。

 これも楽しみの一つだ。

 いささか肉に偏っているのはお国柄という他ない。


 いくつかの店を回り、十分に食べた。


 水晶郷のこともついでに聞いてみたのだが、思ったよりも人気はないようだった。

 大穴から攻めてくる大勢の魔物から得られる宝石の一つに水晶があり、わざわざ取りに行く価値はないと思われているらしい。


 最上層の小さな球体について尋ねてみると情報がなかった。

 そもそも入る人も少ないし、そこまで行く人は皆無に近い。


 一人だけ腕試しに行ったというスパルティアの戦士に話を聞くことができたが、最上層にはそんなものはなかったと言われた。

 その時は大きな蛇の魔物が居座っていたという。


 たった一人であの水晶郷を攻略し、その蛇も討伐して帰ったというのだからこの戦士も大概だ。


「どういうことでしょう?」

「さぁ? 変な魔物が紛れ込んだんじゃないの」

「この子はあれは精霊に関わるものではないと言ってますわね」

「サラちゃんが言うならそうなんでしょうね」


 サラちゃんことサラマンダー。

 アレクシアの身に着けたブローチに住む火の精霊だ。

 主にアレクシアに力を貸している。


 アズ達にとっては居続けるのも難しかったあの場所だが、火の精霊にとってはそんなことはなかったらしい。


「珍しい魔物かもしれないね。いなくなっちゃうかもしれないし、倒せるなら倒した方が何か手に入るかも」


 エルザの言葉にアズは頷く。

 あれが珍しい魔物なら、倒す事で何か魔道具が手に入るかもしれない。


 食事も終わった。消耗した体力を回復するためにさっとお風呂を済ませてベッドに横になった。

 いくら冒険者とはいえ、女だけなのでトラブルを避けるためにも安い宿には泊まるなと言われている。

 全員何かあってもどうにかできるのだが、心配性な主人はそもそも何かが起こるのを嫌う。


 その気遣いを無下にしたくもないので、言われた通りにする。

 そもそも心配されるのがアズにとっては嬉しいのだ。


 下着姿でベッドに横になると、疲れが自覚できた。

 暑い場所で何かをすると疲労が激しい。

 体力がいくらあっても耐えられるものではない。


 あの球体をどうにかするには環境をどうにかする必要がある。


「アレクシアさん」

「なに?」


 尋ねると赤く長い髪に櫛を通しながらアレクシアが返事をした。

 同じ下着姿だが、未だにところどころ幼いアズと違い出るところは出ていてスタイルがいい。


 髪を梳く姿など同性ながら少し見惚れてしまいそうだ。


「魔法で部屋の温度を下げたりはできますか?」

「こういう場所ならできるわよ。ただ、あそこで同じことができるか、よね」

「はい」


 アレクシアの得意魔法は火だが、他の属性も扱える。

 氷や風の魔法を使えばもしかしたら何とかなると思ったのだが。


「少しならなんとかなると思うけど、焼け石に水でしょうね。あの球体から発せられる熱量は相当なものよ」

「そうですか……」

「もしなんとかしたいなら、むしろ何かするのはアズちゃんかな」

「エルザさん!」


 エルザはいつの間にか後ろに回り、アズの髪を手漉きする。

 くすぐったい感覚に身を捩る。


「水の精霊の力であの球体を水没させればいいんじゃない? 多分そうしている間は涼しいよ」

「その間は私らは溺れるんだけど?」

「そこはなんとかなるよ。水中で息をする魔法があるから。ね?」

「少しの間なら、ですわね」

「ふぅん」

「……なるほど」


 考えたこともなかったが、試してみる価値はありそうだった。

 焼け石に水をかけても一瞬で蒸発するが、その水の量が多ければ話は別だ。


 ただし、あの球体が水では冷却しきれずに戦いが長引けば熱湯化する可能性がある。

 そうなれば全身にやけどを負うことになるだろう。


「水があるなら私にもやりようがあるわ。直接ならいくら魔力があっても足りないけど、間接的になら大分マシよ」

「分かりました。やってみましょう」


 水の精霊とは友好的な関係ではあるものの、その力が大きすぎてアズにはまだ上手く制御できない。

 水の精霊側で必要な時に力を貸してくれることがほとんどだ。


 試しに心の中でそういうことができるかと聞いてみたら、魔力を分けてくれればできると返事が返ってきた。

 アズの魔力は冒険を続けているうちに増えてきている。

 その魔力の大半を使えば水の精霊の力でまとまった量の水を生み出せるとのことだった。


 水の精霊の力を扱う良い機会かもしれない。


「決まったならさっさと寝なさい。夜更かしになると体力が戻らないわよ」


 フィンはそう言って部屋の明かりを消す。

 部屋が暗闇に包まれた。外ではスパルティアの戦士たちが出陣する音が聞こえる。

 魔物達とまた戦っているのだろう。


 明日に備えてもう寝るべきだ。

 目を瞑ると、すぐに意識が落ちて眠りに落ちた。



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