第373話 ちょっとしたアイデア

 回収したアイテムが多くなっていることもあり、帰り道は戦闘を避けて移動する。

 フィンの先導とアレクシアの魔法があれば難しくはない。


 どうしても回避できない戦闘を安全にこなし、水晶郷を脱出した。


「寒い……」


 水晶郷から出た後、軽装になっていたフィンは外の寒さに震えあがる。

 道具袋をひっくり返し、中身を地面に取り出す。

 アイテムや食料と共に衣類も出てきた。


 それを着て一息つく。


「ふぅ、ひとまず無事に出れたかな」

「ありがとうございます。助かりました」

「いいわよ別に。今は仲間なんだし」


 そう言ってフィンは腕を組む。

 その後地面に散らばったものを道具袋に仕舞いなおす。

 道具袋の大きさはそれほど大きくない。

 出て来た物の容量と比較し明らかに合っていなかった。


 魔道具の一つで、見た目以上に物が入る。

 用途は多岐に渡り、その容量が多いほどその値段は跳ね上がる。


 アズ達が持っているものはそこそこの値段でそこそこの品質だ。

 それでも四人分ともなればかなりの容量になる。


 運び屋の価値が上がらない原因でもある。

 金周りが良くなった冒険者は取り分が減る運び屋をパーティーに加えるより、こっちに金を回す。


 そう考えると、友人のカズサに任せられた宿の管理者という仕事の方が息は長い。

 改めてアズは懐の深い主人に感謝した。


 水晶郷で体が熱され汗をかき、その後外に出て急に冷やされてしまった。

 このままでは風邪を引くということで、アレクシアが湯を沸かして即席のスープを作り、硬いパンを浸して食べる。


「で、あれは何だったのかしらね」

「分かりません。ちょっとよくない感じがしたので引き返しましたけど……」


 パンをむしりながら呟いたアレクシアの言葉にそう返す。

 熱を放つ球体。

 まるで小さな太陽のようだった。

 水晶の熱の伝わりやすさもあって、立っているだけで消耗する暑さ。


 あれが魔物なのか、魔道具なのかも分からない。

 直感が近づくことを拒否した。


「どーすんの。別に稼げればアイツは文句は言わないでしょうけど」

「それは同感かな。下手に手を出して怪我をする方が困ると思う。……けど」

「もしどうにかできれば、きっといいものが手に入る。それが冒険者ですよね」

「アズもいい顔するようになったわね」


 今までも多くの困難に見舞われたが、それを解決しその対価とでもいうべき報酬を得てきた。

 アズの言葉にアレクシアが笑う。


 それは勝気な彼女にとって心地よい提案だった。


「とはいえ、今日はもう休みましょう。準備も必要ですし」

「まーね。爆弾も結構使ったし文句はないわ」


 パンとスープを詰めこむようにして平らげ、事前に話したスパルティアへと向かう。

 ここから徒歩で一時間ほどの距離にあるので、自然と話しながらになる。


「この景色も久しぶりですわね」


 以前はヨハネと共に四人で通った道だ。

 その時はフィンはいなかったし、色々と未熟だった。

 パーティの仲もまだそれほど良くなかった頃だ。


「そうですね、確かアレクシアさんは結構手を抜いてたような」

「……そんなこともあったかしら。今はそれなりに良い暮らしをさせてもらってるから、ちゃんと働いてるだけよ」

「不満たらたらだったよねぇ。ちょっと生意気で可愛かったなぁ」

「ちょっとエルザ!」


 からかうような言葉にアレクシアは形だけの抗議をする。

 パーティーリーダーのアズとしては、当時のアレクシアの相手は胃が痛くなる事案だった。


 貴族が国に裏切られて奴隷になってしまったのだ。

 そう簡単に受け入れられるものではないのは理解できたものの、打ち解け合えるようになるまでは苦難の日々だった。


 それが今では懐かしいと思える。

 気兼ねなく相談できる仲間になったと信じているからだ。

 フィンとはまだそこまで心が通じ合ってはいないが、最初の険悪な出会いからすれば随分仲良くなったと思う。


「楽しく話してるところ悪いけど、到着したわよ」


 昔話やフィンの道中での話をしている間に時間が過ぎ、スパルティアに到着した。

 武道大会の開催時期ではないため、以前に来た時に比べると人の往来は落ち着いている。


 しかしそれでも十分活発な街だった。

 スパルティアの戦士達を久しぶりに見かけた。


 今なら分かる。

 屈強で鍛え抜かれた彼らの強さが。


「あ」

「どうしたの?」


 手続きを終えて入国したアズが、露天商の並ぶ通りを見て立ち止まる。

 エルザがぶつかり、止まった理由を尋ねる。


「ここで色々買っていけば結構儲かるんですよね? 帰りに買っていきましょう」

「ああ……そんなこと言ってたわねぇ」


 うきうきした顔で限界まで宝石類を買っていたヨハネを思い出す。

 大会は口実で、実はこっちが目的だったのかすら疑ったほどだ。


 実際大会は途中で飽きてしまい、アズがフィンに負けたのをいいことにさっさと帰ることにしたのだから。


「今のアンタならもうちょっといいとこいくかもね」

「そうでしょうか? 予選は突破できると思いますけど……」


 主人の役に立つのでアズとしては技量の向上は望ましいが、大会でいい結果を出せるかどうかは正直それほど気にしていない。


 優勝してこいと言われれば話は別だが。

 それよりも先ほど思いついた宝石のお土産の方が喜ばれるに違いなかった。


「宝石も安く買えるけど、魔石もスパルティアだと安いんですよね」

「そうねぇ。どっちも魔物からの産出だし」


 先ほどの水晶郷で得た魔石を換金し、宝石を買おうと考えた。

 それでも十分なお金になるはずだ。


 水晶は持ち帰るように言われているので手を付けない。


「好きにすれば? 取り分が増えるなら別に構わないわ」


 フィンはそう言ったことには興味がないようで、アズに任せてくれた。

 エルザとアレクシアも賛成してくれたので、帰りにそうしようと決めた。


 宿を確保し、スパルティアの冒険者組合に魔石や水晶を預ける。

 槍はアレクシアが持ったままにした。


 なんというか、斧を持っているのと同じくらい似合うのだ。


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