第369話 久しぶりの迷宮

 それからしばらくは事務作業が続いた。

 ティアニス王女の無茶振りもなんとかしないといけないし、その他にもやることはいくらでもある。


 合間にエルザやアレクシアにも手伝って貰ったほどだ。

 ルーイドの方では事務として雇った人たちが仕事を覚え始めて逐一様子を見なくてよくなったのは助かる。


 中間や最終確認は他人任せには出来ないが、手紙を通じて指示を出して働いてもらう。


 聞いたところによると、今のところは病気などもなく順調に進んでいるとのことだ。

 やや雨が多いものの普段に比べて種が腐ることも少ない。


 これは土の精霊石の影響だと思っていいのだろうか。

 実際にその効果が分かるのは収穫が済んで比較が出来るようになってからだろう。


 数日缶詰めになってようやく目星がついたので、久しぶりにアズ達を長めの探索に出すことにした。

 普段からアズ達は稽古は怠っていない。

 しかし長い間迷宮に入らないと勘が鈍ると言われたのと、四人での連携を高めたいとのことだったので良い機会ということで決めた。


 ルーイドの農業管理に、新しい宿にと今は金はいくらあっても足りないということはない。


 今回の目的地は水晶郷と呼ばれる迷宮だ。

 迷宮内に水晶のような魔石が出土し、魔物達はそれを採り込む。

 すると魔物の体が水晶のように透けて堅くなるという不思議な場所だ。

 その為剣などの刃物よりメイスのような殴打する武器が有利とされている。


「なら私が活躍出来そうですね」

「この斧なら何とかなるかしら」


 その条件だとエルザに活躍の余地があるからか、少しはしゃいでいた。

 エルザの力なら大抵のものは砕けるだろう。

 アレクシアの斧も衝撃力があり活躍が期待できる。

 それに彼女には魔法があるので心配無用だ。


「私は今回戦闘はパスね」

「な、なんとかやってみます」


 フィンの場合、ダガーや針など暗器などがメインのため相性が悪い。

 そのため斥候役に専念するようだ。

 アズの剣も有効とは言えないが、封剣グルンガウスの能力なら水晶のような強度がある相手でも問題ない。


 四人分の荷物に忘れ物がないかをチェックする。


「聞いてはいたけど心配性ねほんと。これだけ準備していく冒険者なんて聞いたことないわ」

「でもそのおかげで何度も助かりましたよ?」

「でしょうね。遭難しても生きて帰れるわよこれなら」


 フィンがバッグの中身を確認しつつ、ヨハネに呆れたように言うとアズがそれに反論した。

 過剰な用意なのは自覚しているが、バッグは収納魔法によって軽くなっており中も沢山入る。

 それにこれくらいは大した額でも手間でもない。


 こういう部分は普通の冒険者パーティーより有利な部分だろう。

 ヨハネが儲けを受け取る代わりに出費もすべて負担するのだから。


 普通なら少しでも黒字を増やす為にこういった物は削られてしまう。

 しかしいざ役に立つのは包帯であり、余分な水や食料であり、ポーションなのだ。


「ま、いいわ。待遇がいいのは悪いことじゃないから」

「それは同感ですわね」

「準備終わりましたー」

「それでは行ってきます」


 それぞれ冒険用の衣装に身を包み、バッグや道具袋を身に着ける。

 貫禄が出てきた、と思う。

 フィンが加わったことでバランスも更によくなった。

 特に不慮の事故に強くなったのは生存性に大きくかかわるだろう。


「慣れて来た頃が一番危険だ。気を付けていくように」

「はい。分かりました」


 アズの元気な返事を聞き、見送る。

 ヨハネの戦いは机の上だ。戦いは任せるしかない。




 アズ達はポータル経由で王国内を移動し、東へと向かう。

 最寄りの都市から外に出て地図を広げる。


「目的地は東の端の方ですね。ここからは歩きになります」

「懐かしいねー。スパルティアに大分近いんじゃないかな?」

「ほんとですね。地図だとそれほど離れてないかもです。水晶郷攻略の拠点にしてもよさそう」

「武闘会に参加したのよね。たしかフィンがアズをあっという間に倒してたわ」


 スパルティア。戦士の国。

 ヨハネの提案で以前年に一度の武闘会に出場した。

 予選はここに居る全員が突破したものの、本選では相性などもあり優勝は出来なかった。


「次はああはなりません。ご主人様も私を信じてくれています」

「まあ、そうね。あの時見たく抑えつけても力で振り払わられるから、今度は本気でやってあげる」


 フィンはそう言ってアズの胸を右手の人差し指で突く。

 アズはフィンの右手を掴み、じっとフィンの目を見た。

 アズの右目から虹色の色彩が僅かに浮かぶ。


「それぐらいにしときなさい」


 アレクシアが二人の首根っこを掴んで引き剥がす。


 二人は普段は割と仲良く行動しているものの、たまに対抗心を見せることがある。

 アズに取ってフィンに負けた試合は記憶に深く刻まれている。

 なんせヨハネに優しく倒すようにフィンに依頼されていたのだ。


 そのことは少なからずアズにとってショックなできごとだった。


 それが切っ掛けでこうして一緒に行動しているのだから人生は分からない。


「スパルティアなら安心して泊まれそうでいいんじゃないかしら。その為のお金も頂いてることだし」


 エルザはそう言って小さな袋を右手に掲げて振るとチャリチャリと音がした。

 中には王国金貨が入っている。


「はぁ。あんた達奴隷なんだよね?」

「はい、そうですけど……」


 奴隷契約は引き続き継続している。

 奴隷らしい生活をしているかと聞かれれば確かに違うかもしれないが。


「奴隷が自由に使える金貨に、高い装備にって。なんか色々と矛盾している気がするわ」


 フィンはそう言って自分の装備やアズ達の装備を見る。

 今回に当たってはフィンにも装備が用意されていた。

 軽く、しかし丈夫な素材で作られた防具を身に着けており、武器も市販で手に入るものとしては一線級だ。


 なかでもアレクシアのブローチとアズの封剣は非常に高い価値があるだろう。


「立派なご主人様ですからね!」

「もう慣れたわ」

「悪いことではありませんから」

「能天気なあんた達に言っても仕方なかったわね……」


 そんなことを話しながら移動していると、水晶郷の入口に到着した。


 水晶の門が行く手を阻んでいる。

 その奥には不釣り合いな豪華な水晶の城があった。


 他の冒険者の姿は少ない。

 水晶と化した魔物相手では相性がはっきりと出るためだ。


 剣を主として使う冒険者が大多数なので、儲かる割に人気がない。


 水晶の魔石は美術品としての価値もあり、魔石としても応用性があって高く売れる。

 奥に行くほど魔石の価値は上がる。


「できれば最奥まで行って迷宮の主を倒しましょう。ここは主を倒しても問題ない迷宮みたいですし」

「そうね。あんた達と違って私は出来高制だし、どうせなら稼いでおきたいわ」

「ま、それは中を見てからよ」

「アレクシアちゃんの言う通り。ほどほどに稼いで安全に帰りましょうね」


 そうして久しぶりの迷宮探索が始まった。

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