第370話 水晶郷の洗礼

 水晶郷は外から見ても不思議な場所だったが、中はより非現実的な風景だった。

 水晶で全てが白い。光の反射でところどころにプリズムのようなものが見える。


 ずっとここに居ると目が変になりそうだ。

 人気がないのはこの所為もあるだろう。

 この水晶を掘り出せばいいのではないかとも思ったが、そうして得た水晶は迷宮から出ると消滅してしまうとのことだった。


 ここから水晶を得るには宝箱を開けるか魔物を倒すしかない。


 先頭のフィンが立ち止まり、こっちに向く。


「で、どうすんの? リーダーはあんたでしょ」

「は、はい。とりあえずですね。水晶になった魔物というのがよく分からないので、はぐれてるのを見つけて色々試してみたいです」

「ふぅん。まあいいけど。とりあえず一匹釣ってくればいいのね」

「お願いします。魔物の位置はアレクシアさんが把握できるので」


 アズは少し恐縮しながらフィンに説明する。

 フィンも仕事に対しては真面目だからか茶化さずに確認した。


「魔法は便利よね~」

「で、今のところどうなのよ」

「ちょうど近くに小型の魔物がいるわ。ここから進んだ場所ね」


 アレクシアの指摘通りの、少し進むと魔物が一匹うろついていた。

 小型の犬の形をしているが、体は水晶化している。


 魔石の部分が黒い。

 弱点は突きやすいことだろう。


 こっちにはまだ気づいていない様子だった。

 フィンはその辺に落ちている水晶の欠片を拾い、水晶の犬へと投げる。

 欠片は弓なりの軌道を描いて当たり、こっちに駆け寄ってきた。


 フィンは駆け寄ってきた水晶の犬の突進をかわさずにそのまま踏み潰し、地面に叩きつける。

 水晶の犬は束縛から逃れようともがいているが、フィンの足を振りほどけない様子だった。


「見た目通り固いわね。生身なら潰せるくらいの力は込めたんだけど」


 そう言って右の足からダガーを引き抜く。

 そのまま座り込み、ダガーを握って水晶の犬へ目掛けて振り下ろした。


 岩を叩くような硬い音が周囲に響く。

 水晶の犬の耳が砕けて地面に散乱した。


 フィンは舌打ちして振り下ろしたダガーの刃を見た。

 鋼を元に鍛造されたダガーは欠けこそしなかったものの、表面に傷が見える。


 決して硬い物に対して使うものではない。

 無理に使い続ければ刃が欠けてしまう。


「なるほど、これは私の武器じゃ向かないわ。杭ならあるけど、いちいち叩き込むのも手間だし」

「次は私の剣を試してみます」


 アズはそう言って少しだけ剣を浮かし、水晶の犬へ振り下ろす。

 先ほどより重い音がして水晶の破片が散らばり、剣が弾かれた。


「斬るのは無理ですねー。魔力を込めたら……いけます」


 もう一度振り下ろすと、今度は先ほどとは違い一部を切断した。


「それの仕組みはどうなってんの?」

「さぁ? 分からないです」

「ああ、そう……」


 その後アレクシアの魔法を試してみたが、切断に耐性があるので風の魔法は効果が薄かった。

 火の魔法は効果がないどころか、熱伝導率が高いせいでこっちに被害が出そうだった。

 フィンの靴が危うく燃えそうになり束縛が解けたのでエルザがメイスで止めを刺す。


「えいっ」


 掛け声は軽いものの、呆気なく水晶の犬を粉砕してしまった。

 そこに残るのは小さな魔石と水晶だった。


 アズが触れると火傷しそうなほどに熱い。


「アツッ、熱くて触れないです。水をお願いします」


 アズに言われてアレクシアが水で冷却すると、水晶からジュッという音と共に蒸気が出てきた。

 そして二つに割れてしまった。


「熱が伝わりやすいのかしら?」

「火は禁止ね。やるとしても今みたいに冷却とセットじゃないとあんたの魔法で全員やられるわよ」

「そうすると多分蒸気で視界がなくなっちゃう」


 エルザが魔石と水晶の欠片を袋へと拾ってしまう。


「アレクシアちゃんは火の魔法は禁止ね。残念だけど」

「分かってますわ。私だって自滅はごめんよ」


 アレクシアは肩を竦める。

 事前の想定よりも厄介だった。


 その後も何度かはぐれた魔物で試して役割を決める。


 フィンは攻撃手段がほぼないので引きつけ役と囮がメインになる。

 エルザの祝福込みならダメージは与えられるが、今度は武器が持たない。


 アズは戦えない訳ではないが、魔力の総量はまだ少ないので剣に魔力を込め続けているとすぐに空になってしまう。


 アレクシアは戦斧と土の魔法で戦うことになった。

 戦斧は分厚い鋼だ。水晶がいくら固くてもアレクシアの膂力で殴りつければその質量で破壊できる。

 魔法は水の魔法も検討したが、水晶化した魔物は呼吸も必要としておらず濡れてもほぼ効果がない。

 そしてぶつけるなら水の塊より岩の方が効果が高かった。


 水晶を相手にするには封剣グルンガウスのような特殊な効果か、質量と硬度で叩き割るしかない。


 そういう意味では、ここ水晶郷はエルザにとっておあつらえ向きの場所と言えた。

 メイスを振る度に水晶が粉砕され、魔物が狩られていく。

 他の三人はエルザが自由に動けるようにサポートするのが一番効率が良かった。


「もうあの司祭一人でいいんじゃないの?」

「ああやって振る舞えるようにするのが、今の私達の仕事と思うしかありませんわよ」

「エルザさん、凄いですね……」

「気持ちいいわねー、これ」


 エルザの快進撃により、あっという間に階層が進む。

 上へ上へと移動していく。

 魔物がその度に大きくなり、報酬の魔石や水晶も魔物に比例して大きくなった。


 道中、広場で巨大な熊の魔物が出た時などアズの三倍は大きいサイズだった。

 フィンが足元で気を引き、アズとアレクシアが動こうとする度に妨害してエルザが削る。


 一打ごとに四肢がもがれていく様は、何とも言えなかったとアズは感じた。

 熊の魔物を倒したあと、一旦休憩に入る。

 エルザが魔物除けの結界を張り、地面に座って水分をとる。


「やっぱり斥候役がいると楽ね」

「むしろ無しでやってたことに驚いたわよ……」


 アレクシアの魔法で大まかな位置は分かるものの、中にはその探知から逃れる魔物も居る。

 フィンはそういう魔物からの奇襲をすべて防いでいた。


 立ち回りで挟み撃ちになるのを防いだりと、パーティーの危機を未然に防いでいる。

 宝箱の解除も専門ではないと言いつつ、罠を解除して中身を獲得した。

 その成果もあり、既にそこそこのアイテムを回収している。


「手が届かない所にカバーをしてくれるので助かります」

「ま、それがパーティーってもんでしょ。あんたの癖は分かってるし」


 フィンは少し照れたのか早口だった。

 水晶郷は七階層からなり、すでに四階層に達していた。

 現状は余力がある。一番働いているエルザも疲労はなさそうだ。

 もう少し進んでみようか、とアズは考えていた。


 そんな時、頭上から何か落ちてきた。

 掴んで見てみるとそこには水晶の欠片が落ちていた。


 パラパラと断続的に落ちてくる。


「ちょっと、これ……」


 フィンが何か言おうとした瞬間、天井の一部が落下してきた。

 アレクシアが咄嗟に飛びのく。


 落下してきたのは巨大な水晶だった。

 いや、違う。水晶化した魔物だ。


 中に黒い魔石が鈍く輝いている。


 巨大な水晶はゆっくりと手足を広げる。

 それは獅子の形をしていた。


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