第366話 エネルギッシュな商人

 出迎えの人物が来るまでに、改めて自分の格好を見る。


「ちょっと失礼します」


 エルザがそう言って、両手で襟や裾をピシッと伸ばす。

 同時に襟首に顔を近づけてクンクンと鼻を鳴らす。


「なんだ?」

「お酒の匂いが残っていたらよくないと思いまして」

「そういうことか」


 一応自分でも確認してみたが、問題なさそうだ。

 呼気にもアルコールの匂いは感じられない。


「大丈夫そうですね」

「ああ、助かる」


 その後に商店の扉が開く。

 開けたのはアレクシアと同い年位の女性で、髪をまとめた活発そうな人物だった。


「どのような御用でしょうか?」

「今日会う約束をしているヨハネだ。店主に知らせてくれ」

「分かりました。こちらへどうぞ」


 女性はハキハキと言うと、中へ案内してくれた。

 廊下を歩いていると、少し離れた場所から活発そうな雰囲気が感じられる。

 恐らく店の部分だろう。次から次へと人が動いているのが伝わる。


「騒がしくて申し訳ありません」

「いいや、繁盛している証拠でしょう」

「そう言って貰えると助かります」


 愛想よく、テンポよく返事が返ってくる。

 人と話すことに慣れているのだろう。


「こっちです」


 二階へと案内されて、一番奥の部屋に到着する。


「中に兄……店主のフーダが居ます。少し待っていてください」

「ええ、分かりました」


 女性は部屋のドアを小さく二回ノックし、入っていった。

 そしてすぐに戻ってくる。


「お待たせしました。どうぞ中へ」


 ほぼ待っていない。間違いなくこの女性は仕事が出来る。


 中へと案内されて部屋に入る。

 部屋の中はいくらか装飾品が並べられているが落ち着いた感じだ。

 壁には誰が描いたのか分からない絵と、立派な狼の毛皮が飾られていた。


 その部屋の中でどっしりと座って構えていた男が立ち上がる。

 体格がデカい。まるで熊のような大男だ。

 筋骨隆々で、背が高い方であるヨハネでも見上げねばならなかった。


「待ってましたよ、ヨハネさん。カルネヴァーレの商会長のフーダです」


 そう言って右手を差し出してきた。

 握手の為にこっちも右手を差し出してお互いに握る。


 その後お互い向かい合うように座る。

 エルザはこっちに後ろへ。

 女性はフーダの後ろに移動した。


 力強い感触を感じつつ、会談は穏やかな雰囲気で始まった。


「王女からルーイドを任されたとか。しかしずいぶんお若いんですね」

「そうでしょうか?」

「失礼、悪い意味で言った訳ではないんです。こういったことは経験豊富な方が手掛けることが多いですからね」

「それはまあ確かに」


 言いたいことは分かる。

 依頼する王女側も、引き受けるこっちとしても失敗は大きなリスクがある。

 なので実績のある老獪な人物が担当した方が流れとして自然なのだ。


 このことに関しては未だに何故という思いもあるが、引き受けた以上は成功させるしかない。


「ルーイドに関しては、私の代になってから何度か働きかけていたんです。ですが、上手く話がまとまらなくてね」

「そうでしょうね」


 フーダは今のルーイドのように、住人達と大口契約を結びたがっていた。

 しかしそうなるとそこに上層部が利権を求めて口を挟んでくる。

 あるいは新しいことを拒否されたりもあったようだ。


 結果、話が進まずに棚上げ状態になっていたとのことだ。

 今回障害となっていた上層部がごっそりと消えた上に、ヨハネが話をまとめたことを聞きつけてこの商談を持ちかけて来たとのことだった。


「私には分からないのですが、ルーイドの食べ物はそれほど人気なんですか? 確かにご馳走になって美味しいとは思いましたが」

「もちろんです。ルーイドの人々が作る調味料や保存食はとても人気があるんですよ。うちの店でも取り扱ってくれと何度せっつかれたか。個別に契約して少しは確保しているのですが、それ以上となると色々と難しかった」

「なるほどなるほど。私としても、売る先があるのはとても助かります」

「ほぅ、前向きに考えてもよさそうですね」


 情報交換を交えつつ、話を進める。


「お茶をどうぞ」

「ありがとう」


 女性がお茶を用意してくれる。


「紹介がまだでしたね。妹のミレイです。私よりしっかりしていて頼りにしてます」

「改めてどうも。ミレイです」


 そう言って深々と頭を下げる。

 お茶を一口飲むと強いバターの風味を感じた。


「これは……」

「バター茶です。結構人気なんですよ」

「美味しいですね」

「塩っ気が合うんですなぁ。これもルーイドのバターを使ってるんですよ。茶葉は別ですが」


 ワハハ、と大きな声で笑うフーダ。

 体格も声もでかい。きっと競りでは無類の強さだろう。


「では具体的な話を進めさせてもらっても?」

「もちろん。以前からということは目星はついているんでしょう?」

「おや、これは見抜かれてましたか。私共としては、加工品は一括で任してもらえればと」


 ルーイドは人口も都市としては少ない。

 大きな町と言った方がしっくりくる。

 王都の食料を生産する衛星都市だからこその少し特別な扱いだ。


 ただ、加工品すべてとなると割と規模の大きな話になる。

 ここともう一つくらいに卸せたらと思っていたのだが。


「ずいぶんと入れ込んでますね」

「いえいえ。自信があるからですよ。売れることが分かっているものを仕入れることほど熱意が湧くものはない。そうでしょう?」

「ええ。間違いありません」


 売れば売るほど儲かる商品に対しては笑顔で接するのが商人だ。

 向こうがその気なら話を進めていいだろう。


 この事業に関しては、ルーイドの住人がそれなりに潤えば十分だと思っている。

 大口契約なら多少のディスカウントも必要だ。


 そのすり合わせに苦労するかと思ったのだが、相手は想定額をピッタリと言ってきた。

 これ以下となると問題があり、これ以上となると向こうが難色を示す。

 マージンを考えても手間には釣り合う。

 つまり、ここで契約しよう。茶番は不要だということか。


 苦笑しつつ、フーダに右手を差し出す。


「交渉成立です。ルーイドの加工品はお任せします」

「ああよかった。窓口さえ用意してくれれば受け取りも任せて下さい」


 フーダにとってもこの話は大きな事業だ。

 試算を重ねて来たに違いない。


 契約書を結び、印を押す。

 これは三部用意し、一部を商人組合に預ければ完了だ。


「よろしくお願いしますよ!」


 そう言ってハグされた。

 まるで熊にでも掴まれた気分なのは内緒だ。


 その後詳細を確認し、ミレイに見送られて店の外に出た。


 疲れた。

 エネルギッシュな相手だっただけに、どっと疲労が押し寄せてくる。


「お疲れ様です」


 そう言ってエルザが後ろからそっと抱き着いてきた。

 そして、なにやらしてくれたようで少し体が楽になった。




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