第364話 芋を植える

「これも運んでおきますね」

「ああ、任せた」


 ルーイドの拠点に物資を運び込む。

 たまにしか利用しない場所でもある程度は体裁は整えておかねば。

 困った時に役に立つだろう。


 最初こそバタバタしたものの、こっちが手伝えることはそう多くはない。

 帳簿も完成し、雇った人たちが後は更新してくれる。

 農業そのものは小作民の代表達に委ねるしかない。


 ようやく手が空いてきた。

 拠点もある程度形になってきたことだし、いよいよこの芋を植えてみることにしよう。

 本来の産地とは気候も気温も違うのが少し心配だが、そこは土の精霊石の加護を信じるしかない。


 一応芋を育てている人物に話を聞いたが、種類が違うので植えてみなければわからないとのことだった。


「これで全部運びました」

「ふぅ。意外とあったわね」

「そうですねー」


 アズとアレクシアが一息つき、汗を拭って果実水で喉を潤している。

 近所からのお裾分けで食べ物には困らない。もし飢餓が起きれば真っ先にここに来ればなんとかなるかもしれない。


「エルザは?」

「廃教会の方に行くって言ってました」

「またか」


 エルザは暇を見ては荒れ果てた廃教会の片づけをしている。

 気になることがあると言っていたが、それが何なのかはぐらかされて分からなかった。


「ただいま戻りました」


 噂をすればエルザが戻ってきた。

 両手にはたくさんの野菜が抱えられていた。


「この都市には司祭が長く居なかったようなので祈ってくれと。代わりに色々と貰いました」

「一応豊穣の神を信仰しているんだったか。あまり熱心ではないようだが」

「信仰は生活に根差すものです。たまに思い出す位で十分なんですよ」

「そういうものなのか?」

「ええ。困ったときの拠り所になれたら十分です」


 エルザと話していると、フィンがエルザの抱えていた野菜を一つ掴みかぶりつく。

 小気味良い音がした。


「何にもないところだけど、食べ物がおいしいのは認めるわ」

「はしたないですよ、もう」

「煩いわね。あっちもよくやってるじゃない」


 アレクシアを指さす。

 指摘されたアレクシアは指で頬をかきながらそっぽを向いた。


「何をやってるんですか、アレクシアちゃん」

「美味しくてつい」

「あはは……」


 アズはどうしたものかと苦笑いをしている。

 エルザから一つ貰い、フィンと同じように齧る。

 味が濃く、薄っすら甘い。


 新鮮で栄養がある証拠だろう。


「美味いな」

「ええ。しっかりと手間暇かけている証拠だと思います」

「そうだな。これだけのものが作れるなら作業には口を挟まなくてもいいだろう」


 エルザが野菜を置いてくるのを待って、全員で移動する。

 芋の苗は以前世話になった村で分けてもらい保管していたのがある。

 アレクシアの魔法のおかげで傷むこともなかった。


 開拓した場所に辿り着く。

 芋の苗はあまり多くはないので、一番日当たりのいい場所に割り当てて植えることにした。

 もし上手く育てばきっと名産になる。

 開拓した場所はまだ余っている。小麦は他に任せてあるので、ひとまずそばの実を植えることにした。


 そばの実は高くは売れないが需要はある。

 小麦より安い主食として親しまれているのだ。


 それに小麦に比べて病気に強い。

 植えておいて損はないだろう。


「でもここの世話はどうするのよ?」


 麦わら帽子を着て、両手に手袋をつけたフィンが岩に腰かけながら訪ねてきた。

 一番さまになっている気がする。


 もしかしたら暗殺者になる前は農家の娘だったのかもしれない。

 少なくとも今の姿を見て暗殺者と思う人間は誰もいないだろう。


「販売面でこっちが協力することになったら人手が少し余るらしい。その人達にこのエリアを任せるつもりだ」


 販売窓口の一本化は色々なメリットがあった。

 まず効率化により小作民達の負担が減ったこと。

 主に妻達が担当していたらしく多くの人に感謝された。


 差し入れが多いのはその所為もあるだろう。

 中には商売に慣れない人達もいて、稼ぎが少なくて苦労したらしい。


 こっちで一本化すれば物はあるのに売れなくて苦労することもない。

 分業化は大切な事だ。向き不向きはどうしてもある。

 代わりに売るのは任せて欲しい。


 それで手が空いた人たちにこっちの作物の面倒を見て貰う。


「ふぅん。まあ上手くいくといいわね」


 フィンはそう言って首にかけたタオルで汗を拭く。

 冬が過ぎて寒さも和らいだ。

 日差しが強い時に体を動かすと汗ばむ。


「これで全部ですか。楽しみです。合間に是非様子を見に来ましょう」

「いいですね。ね、ご主人様?」

「そうだな。どうせ精霊石の様子も見ないといけないし」


 欠片から元の状態に戻ったらエルザがまた何か儀式をするそうだ。

 精霊の力を借りるとかなんとか。


 アズの使徒の力に関わるらしい。

 正直なところその辺りはあまり気にしていない。

 創世王教はすでに過去のものだ。アズがその力を継承したとしてもより役に立つくらいのものだろう。


 やりたいならやらせるという気持ちだった。

 エルザの心の整理がそれでつくならという気持ちもある。


「さて、目処が付いたのは助かるな。これから王都の方で忙しくなる」

「大見得切ってたけど大丈夫ですの?」

「これでも商人だ。最悪露店で売りきってやるさ。まあその必要はなさそうだが」


 アレクシアの心配はもっともだ。だが問題ない。

 販売窓口の一本化を決めた後に、どこから聞いたのか早速王都の商人から話が来ていた。


 王都の食料を扱う大きめの商店の主からで、ここの大麦には前から目を付けていたらしい。

 だが仕入れの相手がまとまっておらず、かといってちゃんとした流通の話を纏めるには以前のルーイドの上層部が邪魔で進まなかったらしい。


 それが一掃されて、窓口もちゃんと決まったので即動いたという訳だ。

 フットワークが軽い。間違いなく有能な商人だ。


 会う約束はもうとりつけてある。是非とも三方よしの商談にしたい。


「嬉しそうねー」

「ご主人様が金勘定してるときの顔ですね」

「悪い顔してます~」

「他に楽しいことないのかな、この男」

「うるさい。金はあればあるだけ役に立つからいいんだよ」


 野次に怒鳴り返す。

 相手は格上だ。舐められないようにしないとな。


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