第363話 見えてきたルーイドの価値
一同でどうしようかという空気になりつつあったが、アレクシアは手を叩いてそんな空気を霧散させる。
「伸びしろがあると思うべきじゃないかしら?」
「それはそうだな。これだけの土地を各自で適当な管理でやってきた状態で今までなんとかなっていたのなら、きちんと俺達が介入すればいいだけだ。とはいえ人を雇いたいな」
「付きっきりになっちゃ意味がありませんからねー」
「ああ。お前達はもっと付加価値のあることをさせたいし……出来れば年に一度の確認で済ませられるようになりたい。あまり俺がでしゃばるとやる気も削がれるだろうからな」
小作民達もやる気がないわけではない。むしろ儲かるなら頑張って働くのは間違いない。
正確な数を確認してきちんとした指針があれば問題ないだろう。
口を出しすぎれば意欲を削いでしまうのは何であれ同じだ。
任すことで裁量が生まれ、やる気に繋がる。
……とはいえ以前の管理者はやりすぎだ。完全に放任ではよくない。
工程の管理までとなると難しいが、数の確認くらいなら多少の教養があればなんとかなる。
ルーイド内でそういった人物がいれば雇いたいところだ。
ひとまず今日出来ることは終わらせた。
食事は窯で焼いたピザで済ませることにした。
「生地が美味しいです」
「小麦粉が違うだけなのに、それだけでこんなに差が出るのね」
買ってきた小麦粉で練った生地にチーズとサラミやハーブを載せてソースを塗っただけのものだが、生地がとにかく美味い。
ちなみにフィンがひたすら伸びるチーズに苦戦して危うく服に落としそうになっていた。
アズは上手に食べている。
ルーイドの小麦粉の宣伝をする際にこのピザを焼いて売るのも面白いかもしれないな。
カズサに任せた宿にも卸せば食事が評判になるだろう。
ノルマギリギリしか栽培しないのはやはりもったいない。
後日、街の人達と話をして色々と情報を集める。
小作民達だけで情報を集めると彼らに都合がいいことしか言わない可能性があるからだ。
どうやらルーイドの小麦粉は普通だと思っているらしい。
他と食べ比べる機会がないからだろう。
試しにカソッドのパンを食べてもらうと信じられない顔をしていた。
ここの作物は美味い。
教養のある人物に関しては意外といた。
私塾があるらしく、一部の職人の子供達はそこに通うらしい。
農業に従事している子供達は殆どいないようだ。
働き口がなく、親の仕事を手伝う働き盛りの人々を集めてみるとよい返事が返ってきた。
きちんと仕込めば必要な水準になるだろう。
それまではルーイドから出られないが仕方ない。
「小麦を増やす、ねぇ」
「言われた分は作ってるけど、あんまり金にならないんだよなぁ」
「それは心配ありませんよ。そもそも他所ではあまり売ってないでしょう? 今まで行商人などが売って欲しいと言ってませんでしたか?」
「そういうことはあったが、規模は小さかったし」
ルーイドに来るのは個人規模の行商が主らしい。
畜産関係はもっと盛んらしいのだが、作物に関しては盛り上がりに欠ける。
これは恐らく周囲の交易網があまり発展しなかったせいだ。
王都とのやり取りが主で、あとは儲かりそうな作物を適当に作って売る。
大規模に買い付けに行こうにもルートがないし、物もない。
この辺りを何とかすれば、かならず金になるはずだ。
……小さい店を持つだけの商人がやる仕事じゃなくなってきたが、これをやらないと労力ばかりかかる仕事になってしまう。
それはごめんだ。せめて労力に見合う稼ぎは欲しい。
とりあえず小作民達には畑を遊ばさせず小麦を作るように指示した。
「小麦ばっかりは無理だよ。土地が死んじまう」
「連作障害というやつか」
「そう。言われた通り小麦は優先するけどな。合間にかぶやらなんやら挟んで大麦になるぞ」
「その辺りは本職に任せるしかないな」
今後のことを決める話し合いで、小麦の時期は他の種まきを止めて作ってくれることになった。
これで少なくともノルマは問題ない。
それからの過剰分をどう売るかが腕の見せ所だろう。
今のうちに一部をうちの店に送って広めておきたいところだ。
大麦はすべてルーイド内で発酵食品にしてしまうらしい。
それを王都に売って金に換えるのがここでは一番儲かるとのことだった。
儲かる作物って大麦のことだったのか……。
特に酒は人気が高いらしい。
「ねぇ、これって王都にちゃんとしたお店があればいいんじゃない? 話を聞く限り皆バラバラに王都に売りに行ってるみたいだし」
「この分だと買い叩かれてそうです」
アレクシアとエルザの言うことも尤もだ。
というか間違いなく本来の価値より安く売っている。
彼らは農家であって商人ではない。
なるべく早く金に換えたいのもあって安売りしているのは想像できた。
というかやっぱりしていた。
試しに色々と味見させてもらったが、正規の値段でもすぐに買い手がつく品質だ。
すぐに代表者たちを集める。
都市全体でやるべきだ。個別にやっていたのではいつまでも儲からないことを伝える。
彼らの言い分は、下手に高く売って人手をとられたくないし売れ残るのは困るというものだった。
なので加工品を一括でこっちが買い上げ、それを売ることを提案した。
一本化することでコストを抑えつつ、量を確保する。
「そんなことをして大丈夫なんですか?」
「正直きつい。量が量だからな。これは正規の値段から少し割り引いて大きな商会に流すことになるだろう。王都での評判はいいようだし」
それでもバラバラに売るよりはずっといい値段で、こっちのマージンも手に入る。
都市の産業に関わることの大変さを実感してきた。
これはアズ達と関わる前のヨハネではとても手が出ない規模だ。
出ていく金も多ければ、入ってくる金も多い。
胃に穴が開きそうだが、同時に得も言われぬ快感も湧いてくる。
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