第362話 ずさんな管理
新年の祝いを済ませたあと、何日もかけてエルザが精霊石の欠片を祭っている小さな祭壇の前で何かを唱えている。
しばらく続けた後、周囲の空気が変わったような気がした。
「これでもう移動して大丈夫ですよ。手間も省けるのでこれごと持っていきましょうか」
よいしょという掛け声とともに祭壇が持ち上げられる。
台車に載せてエルザにそのまま押してもらう。
傾いたりしないようにアズが支えた。
そのままルーイドへと出発した。
ポータルを経由し、王都から向かう。
真冬は過ぎて日差しがあれば温かく感じるからか、人通りも戻り始めていた。
道中で街で大きく看板を掲げている商店を見上げる。
この場所でこの大きさの店を出すのにどれだけの金が必要なのだろう。
そして、どれだけ儲けているのだろうか。
きっと今のヨハネでは予想もできないほどの規模なのだろう。
羨ましくはない。
今は出来ることをやるのみだ。
ルーイドに到着し、まずはアレクシアが耕した場所へ向かう。
小さな丘の洞穴を見つけて移動する。
台車を押すのには適さない場所だったが、そこはアレクシアが地面を魔法で弄ることで解決した。
洞穴の奥に祭壇を設置すると、自然と精霊石の欠片が浮き上がった。
「地脈が通ってますね。これなら魔力の補充は必要ないかな」
「ええ。良い場所だと思ったの」
エルザとアレクシアは協力し、洞穴へ結界を張る。
魔物が忍び込まないように、それに精霊石の欠片を盗みに来るものが触れないように。
単純な結界を張り、外から視認しづらくなる結界によって見えなくなる。
「アズは分かるか?」
「いえ……右目に集中すると薄っすら見えるかもです」
「それは多分水の精霊のおかげね。魔導士でも有ると思って見ないと気付かないと思うわ」
「そういうものか」
洞穴があった場所はいまではただの平地になっている。
しかし触れてみるとある。不思議な感覚だった。
開拓してある場所からも少し遠く、わざわざここに来るものもいないだろう。
「結界は時間が経つと弱くなるんだけど、ここならその心配もない。精霊石が元の状態に戻れば分かるようになっているから、しばらくは放置でいいと思います」
「なるほど……気にしなくていいのは助かる」
土の精霊石が元の状態に戻るには五穀豊穣を繰り返すしかないと聞いている。
この周辺で作物を作れば作るほど、それに近づくというわけだ。
一度ルーイドに戻り、小作民と話をする。
帳簿はもともとこの短期間で出来るとは思っていなかったのだが、思ったより難航しているのが分かった。
どうやら指の本数以上に数えるのが難しい者が多いらしく、滞っているらしい。
小さい頃から勉強をせず、家業として手伝う。
それで問題がない状態が長く続いたので学ぶという発想がないのだ。
どうやら帝国の荘園で働く農奴達と似たような問題を抱えているらしい。
代表になるような者達は多少はマシらしいが……。
こういうことが数のごまかしなどに繋がり、生産性を落としていたのだろう。
上層部が軒並み粛正されてルーイドの空き家は沢山ある。
そのなかで古いがしっかりした家を格安で買い上げ、支店扱いにすることにした。
初の支店がこんな形になるとは。
その辺の雑貨屋から生活に必要な物を買って運ばせる。
拠点としての役割を果たせるように。
アズの方へと振り向く。
「アズ」
「は、はい」
「エルザやアレクシアに勉強を教えてもらってるな?」
「もちろんです。今でも継続してます」
「ならよし。15×11はいくらだ?」
「えっと……」
アズは自分の指を眺めつつ、少し考える。
「165です!」
「正解だ。これが出来るなら問題ないな」
「えっと、なにがでしょうか?」
「あいつ等に任せていたら帳簿が終わらん。次に移るためにもこっちでさっさと終わらせるぞ」
「えぇ~!?」
エルザは問題ない。
アレクシアも貴族らしく教育を受けている。
フィンも親代わりの師から多少は教わったらしいが、今回は護衛も兼ねて横にいてもらうことにした。
一人は護衛にと約束したのでそれを守る。四人から見るとひ弱な商人らしい。
小作民の中で滞っているグループに一人ずつ派遣する。
四組に分かれればなんとかなるだろう。
苦戦していたものが多かったのか、あるいは手間を押し付けたいのかこれはあっさり受け入れられた。
この辺の気候や育つ作物の話をしながら、倉庫で数を確認する。
本来は税を取り立てる役人の仕事のはずだが、聞くところによると領主は名前だけで赴任すらしないらしい。
あの王女様、本気で丸投げするつもりのようだ。
確かにこの方が横やりもないが、同時に仕事も多くなる。
ていよく使われている気がする。
税金も恐らくヨハネ達の手で集めて城へ送ることになるだろう。
その上で必要な作物も納めなければならない。
「……少なくないか? これは例年に比べてどうなんだ」
いくつか回って数を数えて帳簿に記入する。
その中で思ったのは、ノルマに対しての小麦の量の少なさだった。
もしかして不作だったのかもしれない。
「いや、そんなことはない。いつも通りだ」
「だがこれじゃノルマに対して足りないだろう」
王国は一定の小麦の量を要求している。
今までもそうだったはずだ。
「ルーイド全体でならなんとか足りる。毎年そんな感じだ」
「それじゃあ儲からないだろう」
「だから合間で高く売れる作物の裏作なんかをしていてな。それで採算をとってた」
王国に納める小麦の値段は決まっている。
それが儲からないからギリギリの量にして後は好きにしていたようだ。
そしてそれは小作民の懐に行く。そうするのが当たり前になっている。
これだけ広い農地が有りながら、それを活かせていない。小麦は安いものという認識になってしまっている。
そもそも小麦をきちんと作るだけで十分な儲けになるのは経験上分かっている。
ノルマ以上に作れば凶作になった時の備えにもなる。
ギリギリでは困るのだ。物理的に首がかかっている。
他の三人と合流して情報交換したが、どこも似たような感じだったらしい。
「さっさと芋の栽培に移りたかったが……、その前に色々と話し合いだな」
「小麦粉は飢えを満たす大切な食糧ですからね」
「意思決定をしていた人は何を考えていたのかしら」
王国の食糧庫と呼ばれているルーイドの杜撰な状態にため息を付く。
恐らく当人たちにはその意識すらないだろう。
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