第359話 小作民達
雪が解けきる頃合いにアレクシアと共にルーイドに再び移動する。
他の面子は討伐依頼に行ってもらった。
この時期は腹をすかせた魔物が街道まで出てきてしまうため、冬に仕事が少なくなった冒険者の仕事始めによく退治される。
これをしっかりするかどうかで隊商や行商人への被害が変わり、それは口コミで広まる。
都市の活性化のためには外せない仕事だ。
報酬は数で稼ぐ。
とはいえ、こっちの仕事もそろそろ手を入れなければ間に合わないのでアレクシアだけ来てもらった。
「冬とは様子が違いますわね」
「ああ。大分緑が増えてるな」
ルーイドの方でも雪は残っておらず、地面からは草が顔を覗かせていた。
以前会った小作人に会いに行くと、小作人の代表たちと引き合わせるために都市の迎賓館に移動することになった。
迎賓館と言っても大きめの家といった感じで、恐らく客人が来た時はここでもてなすようになっているのだろう。
前回の時はまだ客人扱いすらされていなかったということか。
管理することになった土地を管理する小作民達の代表が揃ったので全員と握手する。
誰もが分厚い手で、長年苦労を重ねて農作業に従事していたことが伺い知れた。
そこに関しては素直に敬意を抱く。
お互い、椅子に座る。
敷物はしっかりとした編み物で、インテリアにもよさそうだ。
アレクシアは座らず後ろで睨みを利かせてもらう。
何かあったら怖い。
「どうも、ヨハネさん。私はマルキです。話は聞いています」
その中でも中年世代の年長の人物が話を始める。
どうやら彼が取り纏めをしているようだ。
マルキはチラリとアレクシアを見た後、こっちへ向き直る。
「いきなり都市の代表者たちが居なくなり驚きました。彼らは我々に任せっきりでしたが、それでも土地の持ち主で我々の雇用主です」
他の小作民たちも頷く。
「新しい管理者である貴方は商人だと伺いました。でしたらルーイドのこともご存知でしょうが、ここは主に畜産と農業しかありません。魔物も弱く冒険者も少ない。他に仕事と呼べるものは……」
「王国の食料の五分の一はこの都市付近からとか」
「それは少し大げさかもしれませんね。ですが周囲の都市を支えているという自負があります」
「なるほど」
どうやらマルキは真っ当な人物のようだ。
先日話した小作民に比べるとしっかりしている印象を受けた。
「何が言いたいのかというと、皆が安心して仕事に打ち込めるように仕事を保証して欲しいのです。いきなり仕事を取り上げられれば、都市の外に出るしかありません」
がん首揃えて何事かと思えば、なるほど事前交渉か。
人を減らすなら働かないぞ、ということだ。
農地は広大かつこの仕事にはあまり休みがない。それに決して儲かる仕事ではないので代わりは実はあまりいないのだが、それでもいきなり国が介入して上が変わったことで不安になっているようだ。
「意見は分かりました。私は商人であって農家ではないので、専門的な知識は持ち合わせておりません。なので皆さんの協力は必要不可欠です」
そう言うと、マルキ以外はホッとした様子で格好を崩して中には笑みを浮かべるものもいた。
「そう言って頂けると助かります」
「ですが」
室内の空気がひりつく。
「全てが今までと同じとはいきません。もちろんいきなり口を出して混乱させるのは私も望んでいませんが、ある程度は手を入れます。特に数字」
「数字、ですか」
「先日もルーイドに寄らせてもらいましたが、どうにも農作物などの正確な数字は作っていらっしゃらないようだ」
「それは……」
マルキはじろりと以前話した小作民を睨む。
聞いてないぞ、とでもいうかのようだ。
ある程度は事前に何を話すかを決めていたに違いない。
こっちとしては一番大切なのはここだ。
効率化するにしても元の数字が分かってこその話。
それに、マルキも話していると真っ当だがその陰でちょろまかしをしていないとは言い切れない。
お互い何も知らない状況なのだ。
「たしかにそう言った部分は必ずしも完全ではなかったかもしれません、しかし」
「今までは、いい加減な管理者達の元でそれでよかったかもしれませんが」
話を遮る。
どちらの立場が上かは、この機会にはっきりさせておかねばならない。
「私も長年この仕事に従事している貴方達を信用したいですよ。農奴や食い詰め者達を集めた結果、農地がダメになるのは私も避けたい。その為に必要な事です」
「……一度皆で話し合って」
「ここで決めて下さい。これは譲れません。代わりに導入してもらえれば三年は今の雇用を保証します」
「むぅぅ」
何人かはこっちをけん制するために睨んできたが、アレクシアに睨み返されて目を逸らす。
アレクシアは元とはいえ根っからの軍事貴族で、冒険者としても活躍している。
武器は携行していないが、それでも相当な迫力があるようだ。
「分かりました。少しばかり時間がかかるかもしれませんが、お約束します」
「ええ。お願いします。私はティアニス第二王女に任を受けていることをお忘れなく」
「……もちろん」
念押しで王族の名前は大きい。
誤魔化せば王族に背くことになるぞとはっきり伝えた。
実際にはティアニス王女からは支援らしい支援もなく、お手並み拝見といった形だが彼らはそれを知らない。
アレクシアという護衛がいたからか、向こうの方が人数が多いにもかかわらず緊張もなく話を進めることが出来た。
礼にお尻を触ると足を思いっきり踏まれてしまった。
その後は実際の農地を見せてもらう。
雪解けで水が豊富なため、もう春小麦の種をまいて栽培を始めているようだ。
まだ手つかずの場所も多いらしい。
この辺りは課題だろう。人を増やすには得られる報酬を増やさなければならない。
見回りをしていると、土の精霊石の置き場に丁度良さそうな場所に洞窟がある。
位置的にも中心に近い。
「ここどう思う?」
「いいと思いますけれど。魔力の流れも悪くありませんわ」
アレクシアによると魔力が集まりやすい場所らしい。
エルザとアレクシアに結界を張って貰えば、それがずっと続くだろうとのことだ。
その後マルキ達と別れる。
基本的には引き続き作業してもらい、手つかずの場所はこっちで開拓することになった。
「やっぱり働かされそうですわねぇ」
「諦めろ。お前は優秀過ぎる」
アレクシアのため息にそう言って声を掛けた。
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