第358話 心機一転。稼いでいくぞ。

 世界が凍り付くような冬は、日々を過ごすうちに少しずつ過ぎ去っていった。

 早朝に雪を降ろさなくてよくなり、地面は凍結しなくなる。


 カサッドで新年の祭りを迎えた辺りからそれは顕著だった。

 都市の広場で保存食を持ち寄って食べるだけなのだが、これをやると冬の終わりを感じる。


 前領主が臥せってからは規模も小さくなっていったので尚更だ。

 あのまま息子が領主になっていたと思うとぞっとする。

 こうしてのんびりと祭りなど出来なかったに違いない。


 震えるような寒さは段々と和らいで、日差しの温かさを感じられるようになってきた。


「いい天気ですね。洗濯物もよく乾きそうです」


 アズはそう言って洗濯物の入ったカゴを両手に抱えて、裏庭で干していく。

 ヨハネのものも含めれば五人分だ。

 かなり広めの裏庭とはいえ、かなりの場所を占拠した。


「ちょっと前までは本当に寒くて、アレクシアさんに何とかしてもらってました」


 アズはえへへ、と笑いながらもテキパキと動く。

 冬の間は家にこもり気味だったからか家事もずいぶんと上達した。


 今のアズなら女中としても合格点だ。

 そういうつもりで手元に置いてあるわけではないのだが、それでも助かる。


 洗濯物を干し終わり、水筒を取り出す。


「ご主人様もどうですか?」

「もらうよ」


 口をつけるとハーブの風味が広がる。

 それでいて苦みもない。

 水筒を返す。


「美味いな」

「そうですか? 余っていた乾燥ハーブを少し貰ったんですがよかったです」


 ニコニコとよく笑う。

 最初の頃、死んだ目をしていたのが遠い昔のようだ。

 人は環境で変化すると聞くが、実際目にすると確かにそう思う。


 春の兆しが徐々に目に付くようになってきた。

 まず店の売り上げが回復してくる。

 改装による商品の拡充や新商品などで、例年に比べれば冬の売り上げは落ち込んではいなかったのだが、それでも物流の麻痺で影響はあった。


 気温の上昇で吹雪がなくなり、交易路が再開されるにしたがって客足も戻る。

 とはいえ、仕入れ価格の上昇は否めない。


 比較的安かった太陽神教連合国からは仕入れができず、帝国は相変わらずゴタゴタしているので供給が安定しない。


 なので他の国などからも買うようになったのだが、コネクションが弱い。

 まとまった数を買うなら商人組合からの紹介になってしまい、そうするとどうしても高くなる。


 アレクシアの故郷である都市アクエリアスが再興してきたらしいので、そっちから買えないか検討している。

 帝国の公爵にも挨拶しておきたいところだ。

 その辺りと商売出来ればもう少し楽になるだろう。


 次にカズサ達が本格的に動くようになった。

 冬の間に色々と宿のアイデアも考えていたらしく、家具の納品も始まっていよいよ宿らしくなってきた。

 弟のレイと算数も勉強したらしく、簡易的だが帳簿も書けるようになっていたのには驚いた。


「結局カズサが断った分け前はこの宿に投資する形になったな」

「そうなんですか? 私は任せてもらえてうれしいですけど」

「期待している。宿は全面的に任す。人が足りないなら相談してもいいし、そっちで募集してもいい。帳簿をちゃんとしていれば自由にやってくれ」

「分かりました。困ったときは相談します」


 宿の名前は猫の手亭という名前になった。

 カズサは猫が好きらしい。

 宿の仕入れは全てうちの店からだ。

 カイモルには話を通してあるので、スムーズにいくだろう。


 春からゆっくりと客を入れることに決めた。

 冒険者が主な客層になりそうだ。

 店との提携で、ぼちぼち客が入るだけでも儲けになる。


 カズサは元ポーターとして冒険者の相手には慣れているし、物怖じもしない。

 自衛手段もあるのである意味適任かもしれない。


 アズ達にもそろそろ冒険者として動いてもらう時期だ。

 温かくなってくると魔物も動き出す。

 討伐の依頼が増えてくるようになり、こっちにも回ってくるようになった。


 正式に中級上位の扱いになったので美味しい依頼も見受けられる。

 今では文字通りこの都市の冒険者の主力だ。


 こうなったらいいなとは思っていたものの、予想よりも遥かに順調でホッと胸を撫で下ろす。

 アズ達に対する投資はすべて回収した。これからはより稼げるようになる。

 もちろん、依頼の難易度も上がるので準備や経費に掛かる金も増えるがそれに見合うだけの報酬になってきた。


「もう新しい奴隷は買わないんですか?」

「勘弁してくれ。お前らだけで手一杯だ。フィンが仲間になってくれたのは助かったが。もうこれ以上はな」

「ふふ、そうですか。愛は有限ですからね。私たちに向く分が減っちゃったら困ります」

「変な言い方をするな。とはいえ、確かに目が行き届かなくなるのは困る」


 そう言うとエルザが抱き着いてきた。剥がそうと思ったがビクともしないのでそのままにする。


 当初は奴隷の人数をより集めることも計画していたのだがこれが難しい。

 たった三人ですらトラブルがたくさんあった。

 なんとかこっちでも対処したこともあったし、完全に任せるしかないこともあった。


 優秀なアレクシアやエルザが居てそうなのだ。

 闇雲に人数を増やしたらどうなるか。少し考えただけでもキャパオーバーなのは目に見えていた。


 孤児院からの青田買いにも期待していたのだが、その結果があれでは。


 それならリスクを増やすよりもアズ達をより伸ばした方が効率がいい。

 事業も拡大しつつある。無茶は禁物だ。


 なにはともあれ、ひとまずはルーイドで麗しき王女の期待に応えるとしよう。

 なんせ失敗すると首が飛ぶかもしれない。


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