第357話 春に向けて
アズは食事を取った後、緊張感が切れたのか眠ってしまった。
小さい寝息が聞こえてくる。
体温が下がらないように毛布でくるんだ。
アレクシアは意識はあるものの、見るからに消耗している。
そうなるほどに魔法を使ったのだろう。
休息が必要だ。
片づけは他の人達に任せて一度家に戻ることにした。
アレクシアはエルザに任せ、アズを背負う。
(軽いな……)
エルザから今回も頑張って活躍したと聞いている。
いくらよく分からない力や、魔物狩りで強くなったとしても大変だろうに。
家に戻った後は服を脱がせてタオルで冷えた体を拭いてやり、温かい服に着替えさせる。
その後は部屋のベッドに寝かせた。
体力が戻れば目を覚ますだろう。
「アレクシアちゃんも眠りました」
「そうか。エルザも横になったらどうだ。疲れてるだろう」
「私はあまり。今回は後方支援ばっかりでしたから」
エルザはそう言うと隣に座った。
部屋の暖炉に薪を投入する。
小さかった火は大きくなり、部屋を暖める。
「ああいう魔物はよく来るんですか?」
「まさか。ここの冒険者の質はお前達の方がよく分かってるだろ。あんな魔物が頻繁に来るならもっとランクの高い冒険者がいるさ」
「ですよね。あんな魔物はみたことがないです」
強い魔物ほど魔石は大きく、他にも何かしら得られるものが多い。
今回の魔物もきっと巨大な魔石を有しているに違いない。
冒険者組合が安めに買い取って、参加者に分配することになるだろう。
人数的にも割りには合わないだろうが、その代わりに信用スコアが上がる。
アズ達に冒険者の仕事をあまりさせていなかったから停滞していたが、今回のことで中級上位になれるかもしれない。
信用スコアは冒険者組合からの依頼に大きく影響する。
それに入れる迷宮も増えるので、長い目で見ればお得だ。
フィンもそれに参加するようになれば、さらに安定するだろう。
少し話しているうちにエルザもウトウトしてきた。
手を引いてベッドまで連れていき、寝かせる。
アズのように着替えさせたいが、エルザにそれをすると流石に邪な思いが浮かんできそうだ。
汗だけサッと拭いてやる。
フィンと入れ替わりに部屋を出る。
何かあれば連絡が来るだろう。
もう一度外へ出て、人がまばらになった広場へ向かう。
組合長が警備隊と話を終えて、撤収の準備を進めているところだった。
話を聞いてみると、魔物を倒した場所には氷の結晶と大きな魔石が落ちていたらしい。
不思議なことに氷の中には火が閉じ込められていたそうだ。
それがただの氷ゴーレムに影響して、あのような亜種が生まれたのではないかと推測したらしい。
それが人為的に行われたのか、それとも偶然なのかは分からない。
時に弱い魔物がこのように強力な力を持つこともある。
恐ろしい首切り兎も最初は弱いウサギの魔物が突然変異した、なんて与太話がある位だ。
その凍った火とやらを見せてもらうと、火の形が丸い。
そう、まるで太陽のようだった。ずっと見ていると魅入られる気がする。
外から見ると城壁の一部が破損しており、戦いの痕跡があちこちに見られる。
凄まじい戦いだったのだろう。
犠牲になった冒険者が布に包まれて運ばれている。
安らかに眠ることを祈りつつ、アズ達がああならなくてよかったとも思う。
凍った火も回収されていく。
朝になりつつあったが外は冷えきっている。
家に戻ることにした。
ふと大地を照らす太陽を見ると、光の加減なのか雲の位置の所為か。
人の顔のように見えて不気味だった。
アズとアレクシアは丸二日ほど眠ったが、その後は後遺症もなく元気でホッと胸を撫で下ろした。
食べやすいようにと卵粥を作ったら何度もおかわりして鍋を空にしたので食欲も問題ない。
あれから魔石と凍った火はオークションにかけられ、売れていったそうだ。
凍った火はどうも帝国に流れたらしい。
魔物の襲撃はそれ以降は散発的な日常レベルに落ち着き、ようやく冬を静かに過ごせるようになった。
体が鈍らないようにアズ達は外で元気に体を動かしている。
これといった依頼もなく、店もいつも通りだ。
カズサ達もちょくちょくうちに来てレイアウトの打ち合わせなどをする。
職人たち曰く。家具の納品は春の終わりになるとのことだった。
宿の開業はその辺りをめどにする。
年を越す前に一度、エルザとアレクシアを連れてルーイドに行き、ティアニス王女から預かることになった土地を確認する。
……やはり広い。
とてもヨハネ達だけでは管理できない。
「この範囲なら、土の精霊石の加護は届くと思いますよ」
「そうなのか?」
「ええ。最初は効果が小さいと思いますけど、この規模なら次第に力を取り戻すのではないかと」
「そうなのか。詳しいんだな」
「精霊と創世王教は関わりが深いので、少しは分かります」
たしか竜は創世王の使徒が生み出したと言っていた。
精霊ももしかしたらそうなのかもしれない。
管理しているという小作人はめんどくさそうに対応したが、ヨハネが新たな管理者と分かると慌てて態度を変える。
その態度にアレクシアがイラついていた。
急に腰が低くなった小作人から色々と説明を受ける。
どうやら前任者は完全に放任していたようで、代替わりした時以来顔も出さなかったらしい。
帳簿も作られておらず、税金のことを尋ねると決められた分だけ払っていると言われた。
だが、帳簿もないのではいくらでも誤魔化せる。
実際小作人の目は泳いでいた。
呆れてものも言えない。
これでろくに稼げないから麻薬に手を出そうとしたなどと、とんでもない連中だ。
「一生懸命にやりますんで、引き続き任せてもらえれば」
小作人はそう言ってぺこぺこと頭を下げる。
だが、それは見せかけだけなのは見え透いていた。
だが今は彼らに頼るしかない。
それに、多少数を誤魔化す程度ならば待遇次第では真面目に働く可能性も十分ある。
待遇に関しては、来年一年はひとまず全ての小作人に対して維持すると約束し、他のものにも伝えるように頼んだ。
冬の間はビートや小麦を植えているらしく、引き続き作業するように言ってその場を後にする。
「よかったの? 多分懐に入れてますわよ」
「よくないが、今はいい。変にどうこうして農地をダメにされる方が困る。測量やらなんやらにも彼らの協力が必要だからな。くすねるよりこっちに協力した方がいい思いが出来ると思わせてから手を入れる」
「そう上手くいきますか?」
「さぁな。ただ、顔も出さなかった連中よりはいい結果は出せるさ。土の精霊石もあることだし」
土の精霊石はまだ裏庭に安置している。
祠でも作って、盗まれないように細工をすれば移設することになるだろう。
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