第356話 炊き出し

「あのさぁ」

「どうした」


 フィンが呆れた声を出したので、準備を進めながら続きを促す。


「これ、なに?」


 フィンが指さしたのは食材の山だった。

 野菜や肉が山積みになっている。


 これは炊き出しをすると言ったら近所から貰った差し入れだ。

 ヨハネの店からも持ち出している。

 後からパン屋がパンを持ってきてくれると話していた。


「なにって、言っただろ。炊き出しの食材だよ」

「……ほんとに?」


 フィンが呆れるのも無理はない。

 炊き出しの経験がないのなら、この食材の量には驚くだろう。


「なんせ冒険者だけでも数十人だ。それだけじゃないぞ、都市の警備隊や兵士なんかも何かあった時のために準備してる。彼等に振る舞うんだからな」

「なんでわざわざそんなことするのよ」

「それは俺が都市の一員だからだ」


 家から持ってきた包丁とまな板を樽の上に置き、それから煉瓦を使って簡易的なかまどを用意して火の魔石を置く。


 そう、働いてるのは冒険者だけではない。

 彼らが失敗すれば警備隊や兵士が命を懸けて脅威を防がなければならない。

 今は都市内の防備を固めている頃だろう。


 魔導士も少しはいるはず。

 冒険者と共同でことに当たればもっといろいろ出来ると思うのだが、冒険者の命は彼らの命よりも残念ながら軽い。

 市民権の有無もある。同列には扱われないのだ。


「……ふぅん」


 フィンはそう言って不思議そうにこっちを見ていた。

 今までの生活では馴染みがないのだろう。


「ほら、切るのは得意だろ?」

「チッ」


 そう言ってフィンに大根を一本投げる。

 フィンはそれを片手で掴むと、舌打ちしつつもすぐに皮を剥いて均一な大きさにカットする。


「さすが」

「うっさい。こんなの訓練にもならないったら。どうせ暇だし寄こしなさいよ」


 用意した椅子に乱暴に座ると、口ではそう言いながらも次々と野菜を処理していく。

 手際の良さは本職の料理人でも舌を巻くほどだ。

 次々に切り分けていった。


「葉野菜は最後な」

「分かってるわよ」


 カットした野菜は水を張った大きな寸胴鍋にどんどん入れていく。

 火の魔石を稼働させたのですぐ沸騰するだろう。


 二人では大変かなと思ったが、フィンの仕事ぶりは十人力といってよい。

 野菜を切る姿を横目に、肉を切る。

 貰ったのは羊と豚の肉だ。これを少し大きめに切り分けていく。

 骨も包丁で割って鍋に入れる。これはいい出汁になる。


 これらも切った端から鍋に入れていく。

 そうすると鍋から白い蒸気が上がり始めた。


「あんた、顔が面白いことになってるわよ」

「うるさい。分かってるよ」


 左目に取り付けていた片眼鏡が曇ってきたので取り外す。


 豆類をざるから流すように鍋に投入し、牛や山羊の乳も入れる。

 ボコボコと鍋が沸き出したら火力を落とし、灰汁をとっていく。


 差し入れで山ほどあった食材は全て鍋の中におさまった。

 後は冷えないように保温しつつ、火入れをしていくだけだ。


 味付けは塩で十分。底が木べらで焦げないようにゆっくりと混ぜていく。

 手持ち無沙汰になったフィンは横に座りながら調理を眺めている。


 鼻の頭が冷えて赤くなっていた。

 こうしているとただの少女のようだ。


「こういうの、スラムだけかと思ってた」

「ああ、教会なんかはやってるよな。太陽神教が真っ当でもし残ってたら代わりにやってただろうよ。こういうのは結構もらう側は嬉しいもんだ。ほら、味見してみろよ」


 そう言って小さな器に一杯分持ってやり、渡す。

 熱々の白く白濁したスープからは食欲を誘う匂いが漂ってきた。


「ん」


 それを受け取ったフィンは、ゆっくりと器に口を付けてスープを飲む。


「あつっ」

「火傷に気を付けろよー」

「先に言え! あ、でも。美味しい。暖まるわ」


 ホロホロになった野菜や肉をスプーンで掬い、口に入れる。


「おいし」


 思わず笑顔になった。

 フィンの笑顔は珍しいなと思っていると、すぐにこっちの視線に気づいて睨まれてしまった。


 かきこむようにして残りを一気に食べると、器は綺麗に空になった。


「完成だな。後は待つだけか」


 椅子に座ったまま鍋に蓋をする。

 煮詰まらないように火は更に弱くした。


 そうしているうちにパン屋が山のようにパンを持ってくる。

 これとこの鍋だけで立派な一食になるだろう。


「何人か手の空いた人を連れて来たよ!」

「どうも」


 近所で有名な食堂のおばさんが手伝いを連れてこっちに来た。

 フィンは静かにすると、防寒具で顔を覆った。


「あら、もう完成したのかい。仕事が早いねぇ。食器は任せといてくれよ」

「分かりました。後は上手くやって帰ってくるのを祈って待ちましょう」


 ここからでは遠くて見えづらいが、アレクシア達が魔法を唱えているのは見える。

 巨大な火は砲台よりも破壊力がありそうだ。


 足止めに冒険者が外に出ており、視界も悪く夜ということもあり城壁に備え付けられた武器は今回は使用されない。

 上手く倒してくれるのを祈るのみだ。


 手伝いの人達と焚き火を起こし、体を温めながらじっと待つ。

 皆内心は不安なのだろう。口数は少なかった。


 すると、大きな爆発音がする。

 アレクシア達が強力な魔法を使ったのだろうか。


 ここからでは城壁の外は分からない。


「この音……」

「どうした」

「雪崩? でも……」


 フィンが訝し気な顔で城壁の外を見る。

 次の瞬間、大きな音が都市に響き渡った。


 城壁が揺れているのではないかと錯覚する。

 揺れたのは自分達だった。


 鍋もグラグラとしたが、土台がしっかりしていたので倒れることはなかった。


「何だ今のは」

「城壁になにかぶつかったのよ」

「魔物を足止めできなかったのか!?」


 ようやく揺れが収まり、改めて城壁の方を見ると巨大な腕が城壁へと叩きつけられているのを見た。


 だが、それは何かに弾き飛ばされる。

 そして火柱が現れたと思ったら、真っ暗な夜を明るく照らす。


 圧倒的な力。神々しい光景だった。


「終わったわね。まああいつ等も居て負けるとは思わなかったけど」


 フィンの言うあいつ等とはアズ達のことだろう。

 どうやら片が付いたらしい。


 少しして冒険者達が城壁から降りてくる。

 皆憔悴しきっていたが、炊き出しの食事を渡すと一気に食べる。


 そしてようやく緊張が解けたように地面に座り込むのだった。


 アズとアレクシアはエルザが両手に抱えてきた。

 エルザをまず労い、食事を渡す。


「暖かいですね」


 他の二人は目を覚ますまで寝かせてやり、起きたら取り分けていた分を温めて食べさせた。


「沁みますわ……」

「もうへとへとです」


 どうやらとても疲れたらしい。

 労いに頭を撫でてやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る