第355話 ジャイアントキリング
まるで地響きのような音を立てながら雪崩が後ろから迫ってくる。
魔導士隊が明かりとして巨大な照明の魔法を展開してくれているので、ひたすら城壁へと向かった。
大きな門を開いて閉じる時間はない。
縄の梯子がいくつも上からぶら下げられ、辿り着いた者は慌てて登って行く。
「早く登ってきて!」
上に居たアレクシアがアズ達に居る場所へ梯子を降ろす。
アズは走ってきた勢いのまま梯子の段を踏んで城壁を駆けあがっていく。
登りきる直前で足を踏み外しそうになるが、アレクシアが腕を掴んで強引に引っ張り上げた。
エルザはアズの後ろから梯子を登る。
アズとアレクシアがエルザの手を掴んで引き上げた直後、ついに雪崩が壁へと接触した。
轟音と共に城壁が揺れる。
アズ達は立っていられず、屈んで手足を地面につけてなんとか耐えた。
雪崩は都市を囲う分厚い壁に勢いを止められ、収まったように見える。
雪は城壁の半分以上の高さがあるだろうか。
もし雪崩に飲み込まれれば、強い衝撃を受けた上でこの雪に完全に閉じ込められたに違いない。
この寒さだ。そうなったら致命傷になりかねなかった。
「全くなんだっていうんだ? おい、みんな揃っているか?」
組合長が息を切らせながら冒険者達の点呼をとる。
残念ながら全員生還とはいかなかった。
雪崩に巻き込まれたのだろうか。
「……そうか。都市を守れただけ良しとするしか」
「な、なぁ組合長」
「どうした?」
一人の冒険者が雪崩のあった場所を指さす。
「あの雪、動いてないか?」
「おいおい、何を言ってるんだ」
呆れるようにして組合長は指さす方へと視線を向ける。
吹雪は少し弱まったもののまだ視界は悪い。
魔導士の一人がよく見える様にと気を利かせ、照明の魔法をそっちへ寄せる。
そこには大量の雪があるだけだった。
「驚かせるなよ」
そう言って組合長は先ほどの冒険者の背中を叩く。
だが、次の瞬間。
雪の中から大きな腕が生えてきた。
まず一本目。ついで二本目。
その二つの腕は雪へと叩きつけられ、沈んでいく。
その代わり、別の何かが盛り上がってくる。
それは、ゴーレムだった。
先ほどの氷ゴーレムと同じく、目も鼻もない顔が雪の中から現れる。
ゴーレムの姿がはっきり表れるにつれ、雪が明らかに減っていく。
「こいつ、雪を使って体を作ってるぞ! 攻撃して止めろ!」
誰かが慌ててそう言った。
しかし城壁の上からでは弓や魔法しか届かない。
固まった雪を相手に矢ではほとんど効果がなく、魔法で攻撃するしかなかった。
「フー」
アレクシアは一度息を吐きだし、魔力ポーションを空にする。
何度も大きな魔法を使ったからか、この寒さにもかかわらず汗で髪が肌に張り付いていた。
少し顔色が悪く、呼吸も荒い。
エルザはアレクシアに祝福を行う。
「的が近くなって当てやすいわ」
汗を拭ったアレクシアはそう言って不敵に笑った。
他の魔導士達は、数人が魔力切れで倒れており残りがアレクシアに協力する。
「アズ、こいつを完全に消し飛ばすから少し時間がかかるわ。間に合いそうにないなら一度だけ防いで」
「分かりました」
アズはアレクシアの前に剣を抜いて立つ。
アレクシアは目を瞑り、小さな声で詠唱を始める。
雪をすべて使って、氷ゴーレムより一回り大きな身体が城壁の前に立った。
両手を組み、大きく振り上げる。
まるでそれは巨大な鉄槌のようだ。
それが影となり、わずかな月明りさえ遮る。
アレクシアを脅威と判断したのか、このままならアズと共に直撃コースだ。
他の冒険者達も何かしらの方法で雪のゴーレムを攻撃するが、表面が僅かに削れるだけで効果がない。
悲鳴を上げて逃げるものもいた。
そんな中、アズはじっとゴーレムの腕を見る。
鈍重な動きで、それは振り下ろされた。
時間がゆっくり流れるような錯覚を感じつつ、剣の柄を痛いほどに握りしめる。
使徒の力を限界まで引き上げながら待つ。
右目の虹色の色彩から魔力が迸り、それら全てが剣に注ぎ込まれていく。
アズはチラリとアレクシアを見るが、魔法の詠唱は間に合いそうにない。
乾いた唇を舌で舐め、ゴーレムの腕が当たる瞬間に合わせて剣を振った。
タイミングが僅かにずれると質量の差でそのまま押し潰されてしまう。
完璧なタイミングでアズの剣とゴーレムの腕が衝突した。
それに合わせて全ての魔力を開放する。
最初に感じたのは、腕が粉砕されると思うほどの衝撃だった。
幸い、感覚が消えただけで腕はある。
少しばかり変な方へ曲がっているが、この程度で済んだのは僥倖だ。
使徒の力を込めた一撃は見事にゴーレムの腕を弾き返していた。
出来れば腕を吹き飛ばすつもりだったが、相手の質量が大きすぎて一部を削るのがやっとのようだ。
弾いたゴーレムの腕が再び振り下ろされる。
アズの両手から力が抜け、剣が足元に落ちた。
体中から力が抜け、気絶するように意識を失った。
「十分!」
アレクシアは片手で気絶するアズを抱え、もう片方の手に握った戦斧をゴーレムに向ける。
「大気を満たす力の震えを感じるがいい、我が戦斧をして汝を灰へ戻そう。無天の炎」
詠唱の完了と共に、ゴーレムの頭上に巨大な幾重もの魔法陣が展開される。
それらが赤く輝きながら回転し、その直後に地面へ向けて炎の柱が打ち出された。
ゴーレムの身体よりもさらに大きな火柱は瞬時に雪の体を消失させ、水蒸気が周辺を包む。
周囲の気温が激変し、まるでサウナのような暑さと化した。
振り上げられた両腕は胴体を失い、雪の塊となって落下してくる。
アズをエルザに預けたアレクシアは、その場で二周ほど回転する。
遠心力を火の魔法で加熱された真っ赤な戦斧に載せ、落ちてきた雪を迎撃して粉砕する。
「そこ!」
見事に迎撃に成功したアレクシアは、そのまま戦斧を地面へと投げつける。
そこには再び逃げようとした紫色のコアがあった。
スライムのようにドロドロとしていたそれは、高温に熱された戦斧に当たった瞬間悲鳴を上げてボロボロと崩れ、消失した。
「エルザ」
「なに?」
「ごめん。もう限界」
アレクシアはそう言うと、そのまま意識を失って大の字に倒れ込んだ。
「二人ともお疲れ様。……普通の魔物じゃなかったね」
エルザの言葉を聞くものはいなかった。
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