第354話 大自然の脅威
氷のゴーレムの足にしがみ付いていた冒険者が吹き飛ばされていく。
歩くだけでもはや災害だ。
一歩進むごとに地面が揺れ、積もった雪が舞い散る。
こういう時、いつもなら怪我を負っても司祭が治療を担当することですぐに前衛は戦線復帰できる。
なので戦いが長引いても戦力低下はそれほどではない。
しかし、太陽神教とのいざこざで司祭の絶対数が減ってしまったため、癒しの奇跡で回復を担当している司祭はエルザを含めても僅かな人数しかいない。
冒険者として活動する場合はお咎めなしとされているが、居心地の悪さから王国を出てしまった人たちが多いのだ。
その所為で治療が追いついておらず、氷のゴーレムに吹き飛ばされて戦線を離脱する人が増えてきている。
歩けるだけの治療をして城壁内へと帰した。
その結果残ったのはベテラン勢の中級で、下位は脱落してしまった。
(エルザさんも削りに参加してもらいたかったな)
氷はとにかく高く分厚い。
並みの戦力を集めるより、強い力で一気に削った方が楽だ。
「腕は大分削れてきたぞ!」
大柄の冒険者が武器の槌を当てて氷を削る。
分厚かった腕は中心が細く削れており、頼りなくなっていた。
「折ります!」
アズはそう叫ぶと、跳んで氷ゴーレムの持ち上がった足に乗り移る。
そこで剣を大きく振りかぶった状態で足に力を込め、細くなった左腕へ向かってもう一度跳んだ。
城壁にかなり近づかれている。
ここで腕をへし折って、次の魔導士隊の魔法でケリをつけたい。
アズは使徒の力を開放する。
右目には虹色の色彩が現れ、全身を強い力が駆け巡る。
「これで!」
跳んだ時の勢いを載せて、振りかぶった剣を全力で振る。
当たった瞬間、とてつもない硬さが手に伝わってきたが関係ない。
封剣グルンガウスがその効果を発揮し、刃が氷を砕いていく。
歯を食いしばり、更なる力を込めた瞬間に一気に剣が軽くなった。
腕を斬り落としたのだ。
勢い余って空中で何度かきりもみしつつ、背中から地面に激突した。
「大丈夫?」
そんなアズをエルザが治療しようと駆け寄ってきた。
「あいたた。腰うっちゃいました」
「うん、これならすぐ回復する」
エルザはそう言って癒しの奇跡を行ってくれた。
強く打った腰の痛みが引いていくのを感じながら氷のゴーレムを見る。
最初の氷塊の如き雄々しさに比べるとずいぶんと痛々しい姿になっていた。
片腕は肩がえぐれて手首から先が吹き飛び、もう片腕は斬り落とした。
足は断続的な攻撃でかなり削られており、デコボコだ。
決してどうにもならない相手ではない。
治療が済んで痛みがおさまった。
今度は足をどうにかすれば進行速度は大きく遅らせられる。
そう思って剣を構えた。
「次、でかいのが来るぞ! 離れるんだ」
「アレクシアちゃんも張り切ってるねぇ」
「エルザさん、それは同意ですけどここは危ないです」
感心しているエルザの手を引っ張り、距離をとる。
アレクシアのいる方向を見ると、今までとは違い複数の赤い光が見える。
大技というのはたしかなようだ。
赤い光の周辺が歪んで見える。
まだ十分に離れているにもかかわらず、膨大な魔力による圧力が肌に刺さるかのようだ。
「あの子は火に限れば、やっぱりずば抜けてる」
「そうなんですか? 魔法はよく分からなくて」
「ふふ。まあいずれ分かるようになるよ」
エルザはそう言って周囲に結界を張る。
アレクシアの魔法の余波対策だろう。
他の冒険者達は岩や木の陰に身を伏せている。
今まさに魔法を向けられている氷のゴーレムは完全に歩みを止め、赤い光を見ていた。
複数の赤い光が一つに集約し、小さな点になる。
しかし光力はむしろ高まり、明るく照らしつつ周囲の雪を溶かす。
まるでもう一つ太陽が生まれたかのようだ。
小さな赤い光が動いた、と思った瞬間。氷のゴーレムの上半身が蒸発していた。
光はアズ達の頭上で周囲を照らしながら待機している。
アズですら視認できない速度で移動し、氷のゴーレムを吹き飛ばしてしまったらしい。
上半身を失った氷のゴーレムは重心が崩れて木々をなぎ倒して地面に倒れ込む。
衝撃と大きな音で耳が一瞬麻痺する。
舞い散った雪は一瞬で水に溶けて、地面がぬかるみのようになっていった。
「コアを探せ!」
組合長の声がようやく聞こえるようになり、慌てて倒れた氷のゴーレムへと向かう。
溶けた体から紫色の宝石が姿を現している。
これがコアだと判断し、アズはそれを剣で突き刺した。
とても固いゴムのような感触だが、ゆっくりと刃が沈み、完全に貫く。
そして砕けた。
すると残っていた下半身もみるみるうちに溶け出していき、砕けたコアだけがそこに残った。
役目を果たしたアレクシアの魔法がゆっくりと消えていく。
(これで終わったかな)
そう思って、剣を振って水を弾き鞘に戻す。
そのままエルザの方へと振り向いた瞬間、体の中にいる水の精霊が強い警告をしてきた。
水の精霊とのコミュニケーションはまだ完全ではない。
何を警告しているのかをゆっくりと確認する。
<来る>
何が、と思った瞬間砕いたコアが液体のように溶けて一つに戻った。
それだけではない。逃げるようにして移動していく。
追いかけようとしたアズは、雪崩がこっちに向かってくるのを見て思わず立ち尽くした。
「城壁へ走れ!」
組合長の合図で冒険者達は一斉に走った。
「行くよ!」
アズはエルザに強い力で引っ張られ、ようやく我に返った。
「なんですか、あれ」
「分かんない。ただ、あれに巻き込まれたら多分死んじゃうよ」
自然の脅威。
だが、都市の周囲に雪崩が起こるような山などなかったはずだ。
訳も分からず、エルザと共に走る。
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