第353話 いざ、討伐へ
他の冒険者たちに交じってアズとエルザは城壁から外に出て歩いていく。
雪を踏みしめる音はかろうじて聞こえるが、それ以外は吹雪の音でかき消されてしまう。
何人かの冒険者が持つ松明の灯りだけが道しるべだ。
「エルザさん」
「なぁに?」
エルザに近寄って声を掛ける。
極寒の環境ではあるが、いつもの笑みで返事をしてくれる。
「こんなに風も強くて雪も降ってるのに松明は消えないんですね」
不思議だった。
昔使ったことのある松明は、僅かな雨でも消えてしまった覚えがある。
「ふふ。あれはね、樹液を染み込ませてるからそう簡単には消えないんだよ」
「樹液……?」
「木に傷を付けるとねばねばする汁がでてきたことはない?」
「あ、あります。寒い時期には集めさせられました」
「それを布に染み込ませると、簡単には消えなくなるの。多分水の中に入れても消えないんじゃないかな」
「信じられないです。でも、それなら簡単には消えそうになくて良かった」
月明りが頼りだが、吹雪で視界が悪い。
松明がなければはぐれて迷子になってしまいそうだ。
歩いている間に地面の振動がだんだん近づいてくる。
音も大きくなってきた。
「いたぞ!」
双眼鏡を手にした冒険者が叫ぶ。
そして手に持った袋を投げつけると、その袋が弾けて光をばら撒いた。
すると、暗い吹雪の中で相手の姿が鮮明に映し出される。
氷の塊が動いている。
そうとしか表現できなかった。
「魔法が当たるように気を引いて足を止めさせろ! 踏まれないように連携するんだ!」
武装した組合長は手に持った魔道具で声を周囲に響かせた。
「……大きいですね」
「そうだねー。でも水の精霊よりはマシかな?」
「あの時の半分くらいでしょうか?」
比較対象として思い出したのは帝国のアクエリアスという都市で出会った水の巨人だ。
あの時は水の精霊の怒りを買った貴族に対しての報復で、アズ達とは敵対することなく解決したのだが、あの時の衝撃は忘れていない。
天まで届くような水の巨人に比べると、今回の氷のゴーレムは小さい。
それでも踏まれれば人間は一瞬でペシャンコになりそうだし、なにより堅そうだ。
「アレクシアちゃん達を信じれば大丈夫。怪我しても治療してあげるから、頑張ろうね」
「はい。ご主人様を危険にさらす訳にもいきませんし」
「うんうん。アズちゃんに創世王の祝福がありますように」
アズはホットドリンクを飲む。
防寒具を着ていても冷えていった体に熱が戻り、手足が思い通りに動く。
剣を引き抜き、相手を見る。
核らしきものは見えない。剣で倒せる相手ではなさそうだ。
「一発目、くるぞ!」
組合長の声が聞こえた瞬間、城壁の方角から巨大な火の矢が飛んできた。
氷のゴーレムは鈍重な動きで巨大な右手を火の矢に向けてそれを受け止めた。
火の矢が氷ゴーレムの腕に当たり、爆発音が響く。
衝撃が空気に響き、わずかだが吹雪を止める。
「すげー魔法だな」
近くにいた冒険者がそう言った。
煙が風で吹き飛ばされ、氷のゴーレムの姿が露わになる。
右手の先が吹き飛んでいた。
それに先端部分が融けて水が滴り落ちていた。
「利いてる!」
先ほどの魔法を合図に、他の冒険者達も一斉に戦闘態勢に移る。
アズはエルザの祝福を貰うと、真っ先に駆けだした。
氷のゴーレムは魔法が飛んできた方へ向き直ると、そっちへ向けて足を進める。
城壁へ辿り着く前に倒さねば。
まず手始めに魔力を封剣グルンガウスに込めて足先を斬りつける。
ガリガリという音と共に氷が削れていくが、痛覚がないのか一切気にしない様子だ。
他の冒険者達も近くにとりついて足を削るが、効果は乏しい。
このままでは効果がないと判断し、アズは氷のゴーレムに付けた傷に足を引っかけ、登って行く。
表面には僅かな凸凹があり、苦労しつつもなんとか肩の部分に辿り着いた。
(目は……ない。頭の形をしているだけ?)
氷のゴーレムには目も口もなかった。人型らしい形をしているが、形だけ真似している可能性が高そうだ。
試しに首へ剣を打ち込む。
足の部分よりも堅いが、剣の効果によって強引に削っていく。
すると氷のゴーレムは先端のない方の手でアズを叩こうとぶつけてきた。
それをジャンプして回避する。
ゴーレムの身体に手がぶつかり、大きな音と共に表面の氷がはじけ飛んだ。
その氷がアズの顔に当たって溶けていく。
くるくると空中で回転し、足を広げて地面に着地した。
上手く衝撃を殺せたようだ。
凄まじい衝撃だった。手が当たった場所が少し削れているほどに。
痛覚がないからなのか、勢いに加減がない。
生物なら自分の身体が痛むのを恐れてそんなことはしないはずだ。
痛みがない魔物は少し厄介だな、と思う。
かつて戦った太陽神の石像を思い出す。
どれだけダメージを与えても、完全に破壊するまで動きが衰えない。
今まで遭遇した魔物は、剣に対して何らかの注意を払っていた。
だからこそ読み合いが生まれる。
しかし、今回の氷のゴーレムはそんな様子はない。
先ほどのアズに対しても、何かくっついているから払おうという感じだった。
おそらく、この魔物も完全に破壊するまで動きを止めないだろう。
チラリと氷のゴーレムの足を見る。
他の冒険者の頑張りで少しだけ削れているが、歩行には支障はないだろう。
「二発目、くるぞ! 離れろ!」
アレクシア率いる魔導士隊が続けて魔法を放ったようだ。
城壁の方から赤い光が広がり、今度は巨大な火の玉が飛んできた。
あの大きさなら直撃すればかなりの部分を削れる。上手くすれば転倒も狙えるかもしれない。
氷のゴーレムは無事な方の手で、地面に落ちていた自身の欠片を拾う。
そしてそれを火の玉へとぶん投げた。
岩ほどもある氷塊が火の玉へとぶつかる。
火の玉は氷塊を吹き飛ばして進むが、少しだけ軌道が逸れてしまった。
その所為で倒せるかもしれない魔法だったにもかかわらず、肩をえぐるだけに留まる。
「手だ、狙えるものは無事な手を狙え!」
今度は迎撃されないように、足から手へと狙いを変える。
アズは再び氷のゴーレムの前に立ち、剣を握る手に力を込めた。
呼吸する度に白い息が漏れ、そして凍り付いていく。
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