第360話 アレクシアからの信頼

 用事は済ませたが、ルーイドには数日ほど滞在することにした。

 宿にアレクシアと同じ部屋で寝泊まりする。


 今更お互い肌を見たり着替えを見たりするのは気にならない。背中を流した仲だ。

 それに魔法のおかげで湯浴みがとにかく楽になる。


 魔導士はやはり素晴らしい。


 土の精霊石を移動させるにはエルザの協力が必要になる。

 移動した後に手出しされないように結界も張らなければならない。


 そのためアズ達の帰還を待つ必要があるが、何もしないというのも時間がもったいない。


 なので今のうちに未開拓エリアに手をつけることにした。

 どうせいつかはやるのだ。


 クワを片手に持ち、汚れても大丈夫な格好に着替えて現地を目指す。


 アレクシアはいつものドレスに甲冑を足した装備だ。

 最初は嫌がらせと趣味で着させたのだが、やはりよく似合う。肉付きがよく、姿勢がいいので映えるのだ。

 今回は魔法の出番なので服も汚れない。 


 現地に到着する。

 未開拓の名の通り、人の手が入っていない荒地だ。森になっていないだけマシだろうか。


 これはルーイドの人々が手を出さないのも分かる。

 労力の割にろくに作付面積は増えず、増えたとしてもそこに割く労働力がない。

 やるだけ損という判断が続いたのだろう。


 しかし、いつまでもそれでは困る。

 余っている場所も有効的に使わねば。

 

「ところで、それはなんですの?」

「これか? 近所から余っているのを借りたんだ。二人でやった方が早いだろ」


 クワを見せてそう言うと、大きなため息が返ってきた。


「人力で土を耕すのは遅いって前回の土木工事で分かったでしょうに。私がやるから、出た石や木の根を移動させてくれた方がよほど助かるわ」

「そうか……」


 しぶしぶクワを置く。

 アレクシアは革の手袋を両手に身につけ、何度か握って感触を確かめている。

 魔法はイメージが大切らしく、革の手袋を土に見立ててやると効果が上がるとのことだ。


 魔導士の感覚は分からないが、本職が言うのだからそうなんだろう。


 早速地面が隆起し、土がひっくり返されていく。

 中には大きな岩や木の根が一緒に掘り返されるので、それをひたすら移動させた。


 アレクシアの土魔法は以前よりも勢いがある。

 まるで波のように範囲が広がっていくのは凄まじい。


 ひたすら運んだ石はゴーレムに錬成され、手伝ってくれた。

 時間が経てばゴーレムの身体を構成している岩が砕け散るので一石二鳥だ。


 しばらく続けるうちに未開拓だった場所は広大な農地に変わっていた。

 大地主でもこれだけの広さを持つ者は少ないだろう。


 両手にできたマメが痛むが、それよりもこの広さを自由にできる喜びが勝っていた。


「ほら、貸して。傷口に土が入ると危ないわ」


 アレクシアに両手を掴まれる。

 それから傷口を魔法で生み出した清潔な水で洗い流し、乾かして包帯で巻く。


 普段不器用な部分があるが、戦場経験者だからか包帯の巻き方は見事なものだ。


「これでよし。後はエルザに治してもらいなさいな」

「ありがとう、そうするよ。ついでにこの腰痛も治してくれるとありがたいが」

「何を年寄りくさいことを言ってるのよ」


 そう言うと、アレクシアから背中を強く叩かれた。

 しかし衝撃の割に痛みはなく、むしろ腰痛が和らいだ。


「ご主人様、貴方がお金が好きなのは知ってるけど、数えている時に段々と前屈みになっているのよ。普段から気をつけないと」

「分かった、分かったよ! 気をつけるから母親みたいなことを言わないでくれ」


 面倒見がいいのも考えものだ。

 ありがたく思うが、この歳で説教されるとは。


 分かればいいのよ、と返事が返ってきた。

 相変わらず態度が大きいが、ある意味これもアレクシアの長所だろう。

 強気な方が綺麗に見える。


 お淑やかな姿はそれはそれで似合うだろうが。


「あとは土を湿らせないとな。あの甘い芋は乾燥にも強いらしいが、わざわざ乾燥させる必要もないだろう。身も大きく出来ればもっといいんだが」

「それならアズ達の帰りを待った方がいいわ。そんな量の水は私の魔力でも用意できませんもの」

「水の精霊が必要か。やっぱり精霊はすごいな」

「本来なら力を借りるのも難しいのだけど。それも三種類も。私の故郷だって、偶々居着いたというだけで殆ど奇跡みたいなものなんだから」


 呆れながらそう言うと、サラマンダーがブローチから飛び出してアレクシアの頭に乗る。

 アレクシアはそんなサラマンダーを優しく撫でる。


「純粋な子よね。この子達の力には善悪がない」

「そうだな。もし悪用されたら大変なことになるだろう」

「そういう意味じゃ、ここに来て正解ね。ちょっとお金稼ぎには使われても、変なことはしないもの」


 それはアレクシアからの信頼が言葉になって出てきたものだった。

 普段から行いで積み立てられたものだ。


「まあ、ちょっとどうかと思うところもあるけど」


 そう言ってジト目で睨んでくる。

 こっちも男だ。触りたくなる時もある。

 アズやエルザも受け入れてくれるだろうが、アレクシアが一番後腐れがない。


 奴隷に遠慮する必要もないのだが、一線を越えるとどのような形であれ関係が変わるのは避けられない。

 もう少し今のままでありたいのは贅沢だろうか。


 アレクシアと二人きりの日々を過ごしてカソッドへと戻る。


 アズ達はちょうど帰還しており報告を受けた。

 特筆すべき点はない。素晴らしい戦果だ。

 フィンの分を差し引いても十分な儲けになる。


 エルザに両手を治してもらい、いよいよ土の精霊石を移動させることにした。



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