第344話 出不精の錬金術師
「めんどくさ」
ラミザさんの第一声はこれだった。
使いが帰った後にすぐに来てこれだ。
「王宮から追い出されるようにこっちに来たっていうのに、なんでまた行かなきゃならんのかねぇ」
「呼ばれたからですよ」
「分かってるけどさぁ。王族からの呼び出しなんてろくなことないんだよね。年内はもう外出しなくて済むと思ったのに」
この人は極端な出不精である。
素材集めも商会や冒険者に投げることが多く、どうしても自分でやらなければならない場合になるまで外に出ることはない。
仕事自体は好きらしい。
錬金術師として王都で大成までしたのにカソッドのような辺境にいるのは、多分その辺りの理由もあるのだろう。
「一緒に行きますから。ラミザさんはまだいいですよ、働いていた場所ですからね。俺は王城に行くのは初めてですよ」
「そう言ったってもうだいぶ時間が経ってるし……まあ一人で行くよりはいいか」
「でしょう。護衛でうちのも二人付き添いです」
人選は話し合いの末アズとエルザになった。
フィンは最初から断っている。
暗殺者を王族の前に連れていってどうすると怒られてしまった。
アレクシアも似た理由だ。彼女は帝国の元貴族。それもガチガチの軍閥系だ。
父親がそそのかされて王国に攻めてきた結果捕虜となり、帝国に切り捨てられた結果奴隷になったという経緯がある。
さすがにアレクシアを王族の前に連れていくのは、その正体を知っている人間が見たら反逆罪に問われてもおかしくない。
そう考えると王国内の色々と連れまわすこと自体あまりよくはないのだが、そこはあくまで奴隷なので大丈夫だ。
使ったことはないが、奴隷の動きを制限する方法もある。
今は外してある奴隷の腕輪もその一つだ。
あくまで王族の前に連れていくのは余計な勘繰りをされるので、それは避けようというだけである。
ラミザさんはきちんと外出用の服に着替えてきた。
錬金術師の服に見事なバッヂがつけてある。
「これ、国家公認錬金術師の証ね。これがあるだけで無条件で国内のどこでもポーションの製造許可が下りるんだよ。ウハウハだね」
「あなたの作るポーションならそりゃそうでしょう」
店でも一番の人気商品だ。
冒険者達がこぞって買っていく。
アズ達に持たせているのもラミザさんの作ったポーションだ。
効き目が早く効果も高い。
副作用もない。そして味がいい。文句のつけようがない。
いや、一つある。面倒だからとあんまりたくさんは作ってくれないのだ。
うちの店に半分以上は卸してくれているので、文句は言えない。
「じゃ、行こうか。ポータルは好きじゃないんだよねぇ。原理もよく分かってないし」
「そうなんですか?」
「そうだよ。まあ事故も起きた事のない安定した魔道具だし、便利だから誰も気にしてないけどね」
「てっきり開発されたものかと」
「はは」
ラミザさんが笑う。
いや、口では笑ったが顔は一切笑っていない。
「そんな魔道技師がいたら、王国が大陸を征服してるよ」
真顔でそう言った。
何か思う所があるらしい。
深くは聞かない。
店の外に出ると、待機していた二人が近寄ってくる。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
「私もですよー」
二人は以前買った防寒具を含めて頭から足まで包み込んでいる。
移動の途中でラミザさんは紅い瓶を口に含み、中身を飲み干す。
視線を送ると、ラミザさんは瓶の説明をしてくれた。
「ホットドリンクってやつだよ。飲むとしばらく体の内側から温めてくれるんだ。私は厚着するのが苦手でね」
「それはいいものですね。売ったりしないんですか?」
「効果時間は一日だから、買ってまで使う人は少ないんじゃないかな。割に合わないよ」
「じゃあ試してみましょう」
「そう? 多少は在庫はあるけど……」
結果、帰ってきたら1ダースほど仕入れることになった。
日常で使うにはコストが高いかもしれないが、需要はあると思う。
特に稼ぎに行く冒険者ならコスト以上に稼げばいいので、かなり有意義にアイテムになるはず。
「使えそうだよな、なあ?」
「鍛錬してると寒さで剣もまともに握れなくなるので、寒い場所で戦う時に役に立つと思います」
「寒いとまともに動けなくなるからね。癒しの奇跡で回復しても寒さが原因だとすぐにまた元通りだし」
アズとエルザには好評なようだ。
冒険者組合に張り紙をしてみようか。
王城に向かうのはこの四人だが、何かあった時の為にフィンとアレクシアも王都で待機してもらう。
その分の宿代と、何事もなければ観光できるように小遣いも手配した。
呼ばれた理由を考えればむしろ歓迎されていると思うのだが。
帝国王国の両公爵家との出会いで貴族に対する悪感情はある程度緩和したものの、まだ信用しきれていない。
自衛くらいはしてもいいだろう。
別に事前準備はいくら無駄になってもいい。
想定通りのことばかり起こるなら誰でも億万長者だ。
それほど時間もないので、ささっとポータルに乗り込み王都へと向かう。
指定した宿をアレクシアが確保してくれていたので、そこで一泊して朝から王城が空くのを待つことになった。
宿は六人ということもあり、仕切りのある大部屋を借りる。
「ただの商人が王女様と面会、ねぇ。あんまり聞いたことないわ」
「同感だ。そもそも王宮に食い込んでいる商会がいればことは済むからな」
「そいつらに睨まれるんじゃない?」
「彼らはそんなに暇じゃない。こっちから無理に売り込んだりしたら即潰しに来るだろうがな」
王都に根を張る王国を代表する大商会だ。
吹けば飛ぶようなヨハネの商会とは文字通り桁が違う。
彼等が財布を落とせば地面が揺れるなんて言葉もあるほど、莫大な富を有している。
王族ともズブズブだろう。
もし彼らが倒れる時が来るとすれば、それは王国が倒れる時だ。
対抗できるのはアルサームか、あるいは他国の同格の商会か。
「ま、殺されそうになったら、そこの赤いのと一緒に助けてあげるから安心しなさい」
「それは助かるよ」
「あの時の屈辱を返せるなら安いものですわね。まぁそんな機会はない方がいいですけど」
アレクシアとフィンは意外にやる気だった。
いやほんとに保険として連れてきただけだからな。
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