第345話 いざ王女様の元へ
宿で一泊して、朝食を部屋で食べる。
メニューは大きなベーコンをこんがり焼いたものに酢漬けの野菜。
トーストに根野菜のポタージュスープ。
ここまでは一般的なメニューだが、デザートが一風変わっていた。
いくつかの果物の砂糖漬けを刻んで混ぜ、シロップごと食べる。
小麦粉の団子を煮たものが混じっていたが、食感がもちもちしていて面白い。
砂糖漬けの果物は柔らかくなっているので、その対比でいくらでも食べられそうだ。
「これ美味しいわね。果物の砂糖漬けなら君の店でも扱ってるんじゃない」
「そうですね。シロップも砂糖漬けの果物を煮た汁でしょうし、この団子の作り方は分かりませんがきっと再現は出来ますよ」
「今度配達してもらおうかな。美味しい」
ラミザさんはそう言いながらフルーツポンチなるデザートを平らげた。
ヨハネにとっても美味だったが、特に女性陣に受けがいいようだ。
アズなど目を輝かせて食べている。
「こんな美味しい食べ物があったんですね……!」
「ああ、とっても甘い。甘みは神の与えた恵み」
後で宿の料理人に作り方を聞いておこう。
「王城へ行こう。相手が相手だ。万が一にも待たす訳にもいかない」
「はぁー。こんなによく晴れて、久しぶりにいい昼寝日和なんだけどな」
「あなたはいつも昼寝してるでしょうが」
「お供しますね」
王城へ行くメンバーが立ち上がる。
フィンとアレクシアは何か起きるまでは自由に過ごしてもらう。
音声をやり取りできる魔道具をお互い一つずつ所持している。
限られた言葉しか伝えられないが、緊急時の連絡には十分だ。
アレクシアはメッセージを伝える魔法が使えるが、連れていけないし。
「気を付けなさいね」
「いってらっしゃーい」
貴族相手の前科があるだけに、アレクシアはこういう時に小言を欠かさない。
これでも反省して振る舞いはなるべく気を付けているのだが。
これはまだしばらくは言われそうだ。
宿から出て王城へと向かう。
王都は広い。王城から比較的近い宿なので徒歩で移動する。
王都の歴史はかなり古い。
王国となる前から存在していた都市だ。
今でこそ大陸中で交易路網が築かれ、その中心地点が移動してしまったが古い時代はこの王都こそが流通の要だった。
その流れは今でも色濃く残っており、アーサルムではなく王都を交易や貿易先に選ぶ人達も多い。
王国には目立った輸出品がないとはいえ、温暖な気候や様々な地形により香辛料の類はよくとれる。魔物も豊富でその素材を求めてくる商人もいる。
燃える石も産地が多く、エネルギー資源に乏しい帝国はいい取引相手だという。
そもそもアレクシアの父親が攻めてきたのもその辺りが関係していると聞いた。
こう考えると王国は色々とあるなと感じる。
どれも目玉というほどのものではないのだが、国の外貨獲得に役立っていた。
その大きな商業圏の中でヨハネも恩恵を受けている。
そう思えば王族の一人と会うくらいなんでもない。
「ヨハネ様でも緊張するんですね」
「アズ。お前は俺を何だと思ってるんだ……」
「いえ、珍しくてつい」
目をアズに向けると慌てて弁明する。
ラミザさんもいることだし、とりあえず今はエルザとアズにはヨハネと呼ばせている。
「昔から肝っ玉は太かったよね。君。お父さんとは大違い」
「そうですかね。親父はまあ安請け合いをする人でしたが」
「優しい人だったよねぇ」
ラミザさんがしみじみという。
優しいということは必ずしもいいことばかりではない。
心労がたたり、早死にしてしまった。
母親も追いかけるようにして、形見の宝石を残して死んだ。
寂しくはない。慌ただしく日々は過ぎていったし、今はアズ達がいる。
趣味と実益を兼ねた金稼ぎも思う存分できるようになった。
……父親が残した商会を国一番の商会にする。
それがヨハネに出来る最大の供養だと思っている。
「理不尽な人ではなさそうでしたから、大丈夫でしょう。敵には容赦はなさそうですけど」
「怖いことを言うな」
「気に入られているから平気ですよ、平気」
エルザの言葉に反応する。
直接会ったことがないのはこの中でヨハネだけだ。
この麻薬騒ぎに関心があり、美人のお姫様ということ位しか知らない。
公爵令嬢のアナティアとは親族のはずだから似ているのだろうか。
今からでも同席してくれないかな。命の恩人のよしみで。
現実逃避をしながら王城に到着する。
あのカノンという従者も恐らく一緒に居るだろう。
気の強い美人は正直おっかない。
王城は許可なく入れないが、今回の為にカノンから見せ札を預かっている。
それを衛兵に渡し、門を開けてもらった。
エルザの身元は確認されたが、太陽神の司祭ではないことをロザリオで無事証明する。
「すごい……」
「立派なもんだ」
「どれだけの時間と人手がかかったのでしょう。これほどの城を作るなんて」
王城を間近で見るのはラミザさん以外は初めてだ。
カサッドの領主の城やアーサルムの立派な城とも違う。
歴史を感じさせつつも、圧倒的な強固さを感じさせる王の城がそこにはあった。
どうやれば落城できるのか想像もつかない。
まさに王国の力の象徴、とは言い過ぎだろうか。
王女様との話の雑談に使うために頭を働かせている。
よいしょし過ぎることを嫌いな人もいるので塩梅が難しい。
王族なら媚びられることにも慣れているだろう。
王城の兵士はキビキビとした動きで警備している。
ここに居るだけで上澄みのエリートなのだろう。
アズより強い騎士もいたりするのだろうか。
てっきり色々と待たされると思ったのだが、騎士の一人が案内役として先導してくれた。
そしてあっさりとティアニス王女の部屋へと案内してくれる。
「くれぐれも御無礼のないように」
どすの聞いた声で釘を刺される。
人気があるのだろう。
年頃で可愛い盛りだ。騎士達のアイドルなのかもしれない。
雑用の為に部屋の前で待機しているメイドが中へ入り、来客を知らせに行った。
向こうの準備が終わるまで、待機だ。
何処かの部屋で都合のいい時間まで待たされると思っていただけに、この程度なら苦ではない。
「どうぞこちらへ」
入室許可が下りた。
メイドが開けたドアを通り、入室した。
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