第343話 氷の美女カノン
「多分ゆっくり行かない方がいいです。お偉いさんの使いっぽいですよ」
「誰だろうな?」
カイモルと共に店に戻る。
古株のカイモルは貴族のところへ荷を配達することもあり、色々と気が回る。
わざわざ伝えるぐらいなのだから、普通の客ではないのは間違いない。
ゆっくり来たと思われぬように、しかし慌ただしくもないよう早歩きで店側の応接間に移動した。
「お待たせしました」
商店の代表としてドアを開けると、中には礼服を纏った女性が一人で立っていた。
武装はしていない。
座らせなかったのか、とカイモルに視線を向けると首を横に振る。
勧めたが断った、ということか。
美しいが笑み一つ浮かべず、まるで氷のような表情だ。
愛想など振りまく必要のない立場なのだろう。
「では私はこれで」
カイモルは案内の役目を果たし、店に戻るために早々に退室する。
厄介な客はヨハネに投げた方が楽というのがその俊敏さで伝わってきた。
「どうぞ座ってください」
「もてなしは結構。要件を伝えれば帰る」
ピシャリと断られる。
相手が座らないのにこっちも座る訳にはいかず、立ったまま話をするしかないようだ。
「あなたは確かティアニス王女殿下の御傍仕えの方ですよね、カノン・ヘイム様」
「おや」
少しだけ相手の表情が動く。
「会ったことはないはずですが、よく私のことを知っていましたね」
「当然のことです」
フィン達から第二王女とそのお付きのことは聞いている。
なるべく詳細も聞いておいてよかった。名前も覚えている辺り、やはりフィンは諜報能力が高い。
商人組合で王女と側近の似顔絵を何度か見たことがある。
それと照らし合わせて判断した。
王女の側近なのだから、このカノンという女性もそれなりの有力貴族の一人だ。
それは格好にも表れている。カイモルがすぐに判断できるほどに。
このような小さな店に貴族が来ることはあり得ないことも考えれば、先日の事件関係と考えるのが妥当ではあるし。
どうやら少しはお眼鏡にかなったようで、少しだけ雰囲気が和らぐ。
先ほどまで凄まじい重圧を感じていた。
「ポピーの実の密輸を発見、それに加工された麻薬の流通防止に、限定的とはいえ麻薬の毒性を抑える薬の開発。これらをティアニス王女殿下は大変喜んでおられます」
「それは何よりです」
カノンはこっちの言葉に一度小さく頷く。
「本来の規定に合わせれば、ボビーの実の運搬やそれを用いた実験は許されないのですが。功績の大きさを考え不問にします。事後承諾は特例中の特例です。次は無いと思いなさい」
「もちろんです。私は王国の法を順守します」
「ティアニス殿下の優しい御心に感謝するように」
「はい」
大きく頷く。
しっかりと釘も刺されてしまった。
あれで幼馴染の仇は討ったと思う。
出来ることなら二度と関わりたくもない。
わざわざ王女殿下からのありがたいお言葉を伝えに来たのだろうか。
誉とするにはこの事件は内容を考えると秘匿性が高い。
おそらく王女殿下が全てを上手くやったという形に落ち着くだろう。
それを発表する前に伝えに来たと考えるとしっくりくる。
その代わりに色々と不問にする。うん、流れとしては自然だ。
口を塞いでこなかっただけマシだ。
それ位には王族とこっちでは立場が違う。
ジェイコブが上手くとりなしてくれたのかもしれない。
あのおっさんはなんだかんだで善人だ。
わざわざこの都市に残って領主もやってくれているし。
税務官のまま首都にいた方が出世もできるだろうに。
「私としては、このお言葉だけでお前達に対する労いは十分だと思ったのだが」
「……ええと?」
「先の一件以来、ティアニス殿下の御機嫌は大変良い。特にあの飴。スカイブルーだったか? とても気に入ったようだ」
「さようで」
あの飴はポピーの実に対する予防、解毒剤だ。
今回の目的には役に立ったものの、使い道は殆どないと思うのだが。
「開発者である錬金術師ラミザ。そしてそのきっかけとなったお前に是非一度会いたいと仰っている」
「それは……大変光栄ですね」
面倒だと思ったが、全力で顔に出ないように笑顔を張り付ける。
ラミザさんだけでいいじゃないかとも思う。
コネが出来ることは嬉しいが、相手が大物過ぎる。
公爵令嬢ですら恩人の立場でも話すのは荷が重いというのに。
「明日、ティアニス殿下はわざわざ時間を空けて下さることになった。錬金術師ラミザを連れて王宮まで訪れるように」
「畏まりました。お供を連れていってもいいでしょうか?」
「そういえば協力者が何人かいるのだったな。あの館で遭遇した者達か。二人まで許そう。武器の携帯は許さん」
「はい。明日ですね」
「うむ。では失礼する」
それで話は終わったのか、カノンはドアへと向かう。
歩き方に隙がない。恐らく護衛も兼ねているのだろう。
ドアノブに手をかけて一度動きが止まった。
「分かっていると思うが、ティアニス殿下に失礼がないように。これは忠告だ。あの方は優しいがその優しさは無限ではない」
「ご忠告感謝します」
今度こそ立ち去っていった。
本来ならカノン自身が口を利くことも許されない相手だ。
ヨハネは僅かに話しただけで緊張で疲れてソファーに倒れるように座った。
「はぁ……」
天井をボケっと見つめる。
ゆっくり休めると思ったのだが、そうもいかないらしい。
貧乏暇なしとはよく言ったものだ。
時間の指定はない。当然だ。向こうが待つことはありえない。
日が昇った辺りで王城に行き、王女殿下の空き時間にようやく面会できる。
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