第342話 馬鹿力の司祭様
フィンとの話もとりあえず無事終わった。
口頭でのやり取りである以上は流動的になるだろうが、こっちに対して力を貸してくれるのが分かっただけでも十分だ。
それが節約目的の宿代わりであっても。むしろ歓迎する。
フィンは豆を平らげると昼寝すると言って退室していった。
食事の時間までは起きてこないだろう。
人目があると熟睡できないと言っていたので、案外こういう時の昼寝は大事なのかもしれない。
メモの文章を二重線で消す。
次は……土の精霊石の活性化だ。
今はエルザが主となって世話している畑の近く。
裏庭の祠に飾られている。
エルザからの報告曰く、効果はあるが限定的だそうだ。
やはり規模が小さすぎるらしい。
ちなみにそこで採れた芋は非常に美味しかった。
明らかに味が良くなっていたので土の精霊石の効果だろう。
小さい欠片であっても、精霊の力は偉大というわけか。
身近すぎていまいちありがたみを感じられないのだが。
今このカソッドには人も物も増えている。
仕事を求める人達もそれに伴って増えているので、土地の問題さえなんとかなれば大きく前進すると思うのだが。
「借りると高いんだよなぁ、土地」
独り言が漏れる。
土地を借りて農業をする場合、ランニングコストが大きくなる。
できた作物を売る時にも、その分を上乗せせねばならず高くなり売れにくくなる。
さらに天候不順や魔物の襲撃により、一度でも作物がダメになれば借金してでも土地のレンタル代を払わなければならない。
どう考えてもじり貧だ。
土地を借りた小作民は農奴より大変だと言われる理由はこの辺りにある。
土地を買った場合は少し話が違う。
王国の今の方針の一つに第一次産業促進があり、農作物を作るための土地を買う時の金を王国が貸してくれる。
返済時の利率も低く、作物トラブルでそれを返せない時も二年は待ってくれるとのことだ。
だからこそ新規進出する土地が今すでに買い占められていて、どうにもならないのだが。
この施策が始まった時は店がようやく軌道に乗ったタイミングであり、まとまった金がなくて指をくわえるだけだった。
今なら手持ちの金に加えて借金してでも参入するというのに。
いつだってタイミングは待ってくれない。
必要な時に必要な物はないのだ。
なんとかしてチャンスに飛びつかなければならない。
アズ達はそうして手に入れたのだから。
ちなみに土地に関してはどの組合もあてにならない。
本当に儲かることは他人には教えないという言葉があるが、もし何らかの理由で余った土地があれば耳の早い組合員が自分でさっさと確保してしまう。
一生順番なんて回ってこない。
自分で見つける必要がある。
ただし、当てにしていたコネは外れて目下どうしようもない現状だ。
席から立ち上がり、裏庭へ再び移動する。
裏庭は拡張余地があるか確認しに行く。
アズ達の訓練をするためにある程度のスペースの維持も必要だ。
裏庭に到着すると、今度はエルザとアレクシアが組み手をしていた。
アズを探してみるとベンチで伸びている。
どうやらアレクシアとの訓練でコテンパンにされてしまったらしい。
エルザが訓練しているのは珍しいなと、少し見物することにした。
どちらも動きやすい格好に着替えていて、武器はなく素手だ。
アレクシアから動く。
シンプルに前に飛び、距離をつめて右手を開いたままエルザへと近づける。
エルザは近づいてきた右手を払いのけようとしたが、逆にアレクシアがそのエルザの手を掴んだ。
そして上に引っ張り、がら空きになったエルザの左わき腹へと蹴りを放つ。
エルザは自由に右手でそれを押さえようとしたが、僅かに間に合わずエルザの身体がくの字に折れる。
エルザの頭が下がり、そこへアレクシアは拳を固めた左手を打ち下ろした。
そのままエルザの後頭部に当たるかと思ったが、それより前にアレクシアの体が浮く。
掴まれたままのエルザの左手が勢いよく上へと持ち上げられたためだ。
アレクシアの体重を片手一本で支えたことになる。
アレクシアは咄嗟に手を放したが、数秒ほど体が宙に浮いている。
その間にエルザが体勢を戻した。
思いっきりわき腹を蹴られたはずだが、まるでダメージがないように見える。
「えいっ」
アレクシアが足をつく前に、エルザが右手の手のひらで思いっきりアレクシアのお腹を押した。
アレクシアは防御したものの空中では踏ん張れないので勢いは殺せず、ヨハネの近くまで吹き飛ばされた。
「相変わらず凄い力」
そう呟いてアレクシアは起き上がり、服についた土ぼこりを払う。
こっちもダメージはないようだ。
どちらもヨハネが受ければ悶絶間違いなしに見えるのだが、耐久力が違うのだろう。
「あら、ご主人様また来たんですね」
「言っておくけど、素手の勝率は私の方が高いからね」
「アレクシアちゃんの格闘技は何度見てもほれぼれするかな」
「それを力でねじ伏せてるのはどこの元司祭よ」
アレクシアは呆れたように言うと、水筒に口をつける。
「アズは大丈夫なのか?」
「気絶してるだけだから平気よ。あの子は無理しがちだけど、私も加減も分かってるから大丈夫」
「ならいいんだが」
一度引き返し、濡れタオルを用意して三人に渡す。
アズは仰向けにして額に乗せた。
うーん、と唸っている。
「ありがと」
「ありがとうございます。冷たくて気持ちいいです」
「稽古に関しては俺にはよく分からないから任せる。あっちの様子はどうだ?」
畝のある部分を指さす。
家庭菜園というには大分立派だ。
「成長も早いし、病気や虫もつかないので立派に育ってますよ。ただ以前にも言いましたが……」
「そもそも土地が足りない、だろ。分かってる」
「作物の生産量は土地に左右されるから仕方ないですわね」
アレクシアも現役の貴族だった頃はその辺に頭を悩ませていたようだ。
一応領主の後継者だし当然か。
畑を見に行くと、真っ赤な球体が育った枝からぶら下がっている。
一つ収穫して食べてみると、瑞々しく酸味と甘みがある。
市場で買う野菜よりずっと美味しい。
「美味しいですよね。早速サラダや潰してパスタのソースなんかにしてみようかと」
「それはいいな。いくつか今日の分にしてしまうか」
そんなことを話していると、店長のカイモルが顔を出してきた。
何やら客人が来たらしい。
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