第340話 火の精霊の名づけ
カズサとの本格的な契約は契約書を作ってからだ。
今はひとまず宿の維持管理、保全をしてもらうことにして帰って貰った。
先の事件が解決してもうカズサが狙われる事もないので、冬の間にこの都市に慣れてもらうのがいいだろう。
時には荷物持ちとして同行することも構わないそうだ。
その際は宿ではなくうちで責任をもって預かる。
足取りは軽そうなので、メンタルの心配もしなくて良さそうだ。
弟のレイにも好印象を持ってもらって将来はうちに来てもらいたいとヨハネは思った。
その後、契約している穀物や野菜の仕入れを主とした商人と話す。
冬は事前に収穫して保管しておいたものを買い取る形になるので値上がりがしやすい。
今回は更に帝国での騒動と太陽神教団との関係悪化によって、例年に比べて値上がりが酷い。
ルーイドのような第一次産業が活発な都市から見れば信じられないことだろうが、恐らく凍死や餓死者が出るかもしれない。
以前は太陽神教の司祭や関係者が炊き出しや毛布の配布などをしていたが今は退去しておりそれもない。
ジェイコブもそれをわかっているので何もしないということはないだろうが。
場合によっては商人ギルドからも何かやることになるだろう。
ルーイドの生産品は外に出る分は王都が全て決まった値段で買い取っており、こっちまで回ってこない。
こんな時くらいは融通してくれてもと思うのだが、考えても仕方ないことだ。
結局去年の同じ時期の三割増しの値段で取引することになった。
カズサがオークションの分配金を辞退してくれたので正直助かった。
うちのような道具屋は雑貨や食料も販売しており、周囲のインフラみたいなものだ。
香り付き石鹸のような嗜好品ならともかく、必ず買う必需品はどれだけ高くても欠品は出来ない。
これはカイモル達にも徹底させている。
高くはついたが、今年も無事のりきれそうだ。
納品を確認し、倉庫の外で腰に手を当てて大きく息を吐く。
「さすがに疲れたみたいね」
「まあな。色々後回しにしていただけに仕事は山盛りだ」
アレクシアが様子を見に来ていた。
「アズ達は?」
「エルザは菜園の世話ね。他二人は裏庭で稽古してるわよ。私も後で行くけど」
「そうか。熱心だな」
「暇だからね」
アレクシアはそう言って右手を振る。
「そう言うなら仕事の一つでも見つけてやろうか?」
「構いませんわよ。この子の扱いも慣れて、大分寒くなくなりましたし」
この子と言うのは火の精霊のことか。
噂を聞きつけたのか、アレクシアの左手にスッと現れる。
「いい加減名前でもつけたらどうだ? 火の精霊じゃ呼びにくいだろうし」
「そう? そうねぇ。やっぱり火というとサラマンダーかしら」
「火のトカゲの魔物だったか」
サラマンダー。
火を司る魔物だが、土地によっては火の神の使いとして神聖視されている。
ある意味火の精霊ともいえるだろう。
火の精霊はその名前が気に入ったのか、輝きを強くする。
「どうやら決まったようだな」
「名前をつけると結びつきも強くなるとは聞くけれど……」
名前が付いた途端、周囲が温かくなった気がする。
火の精霊改めサラマンダーはアレクシアのブローチに戻った。
真紅の輝きの中に火が揺れるのが見える。
「裏庭には後で顔を出す」
「分かったわ」
アレクシアと別れ、倉庫を閉めた。
今年は特に寒いからか、燃える石が売れて在庫が少ない。
薪に比べてずっと利率がいいのだが、冬には鉱山からの買い付けも難しい。
以前アズに掘らせた渓谷も、この時期は凍り付いてろくに掘れないだろう。
薪はあるので客の要望は満たせるが、機会損失だ。
気候は読むのが難しいので、季節商品はどうしてもこれがある。
売れ残るよりは売り切った方がマシなのでまだいいが。
郵便受けを見ると、冒険者組合からの依頼書がいくつかある。
この時期は冒険者も仕事を休むことが多いから、こっちでもいくつか処理しろということか。
いくつか眺めてみるが、危険性はあまりない。
この時期特有の魔物の間引きや、凍結が原因で壊れた風車の確認や修理の間の護衛など。
温かくなるまでアズ達も休ませようと思ったが、この程度の依頼なら体が鈍らないようにやらせるのもいいかもしれない。
本当に危険な依頼はアズ達より格上の上級冒険者達が対応するだろう。
長丁場の依頼は無さそうなので、荷物持ちとしてカズサを呼ぶほどではない。
その前にフィンと話をしておいた方がいいか。
暗殺者としての技能はともかく、斥候の能力はアズ達にとっても助かるだろう。
パーティーの生き死にに関わる技能であり、信頼できる人物でなければ任せられない。
奴隷を買って任せることも考えたが、アズ達ほど信用できるのかと考えればそこまで決断できなかった。
奴隷には命令違反に罰を与えられるが、現地に行ってしまえば目も届かない。
命令だって曲解する余地があればどうとでもなる。
やろうと思えば意図的にパーティーを全滅させることもできるのだ。
その奴隷を処罰しても、手元には何も残らない。
フィンも最初は信用できるほどの関係ではなかった。
金を渡せばその分働くプロフェッショナルだと確信してからは色々と仕事を頼むようになり、フィンもこっちに慣れてきた。
組織に所属しない一匹狼なのもよかったのだろう。
フィンがやりたい仕事を選べる。そして最近は選んでこっちにいる。
今では信頼できる人間の一人だ。
最近ではアズに稽古をつけることも多いようで、アズもその効果を実感している。
フィン曰くアレクシアは素手でも凄まじく強いらしい。
斧を振ったり魔法を使ったりしている姿は見ているが、素手での戦闘は見た事がない気がする。
可愛らしい外見だが、そこはやはり元武闘派貴族なのだろう。
領地を守るために英才教育で戦いを学んだのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます