第339話 人員確保
カズサ達が来たのは昼食頃だった。
どうせなので食事をしながら色々と話そうと思い、この時間に来るようにアズに使いに行かせた。
陽が出る前は地面が凍り付いていたが、幸い晴れたので少し暖かい。
「お邪魔します!」
カズサとその弟は礼儀正しく大きな声で挨拶してダイニングルームに入る。
最初に比べると何度か顔合わせしたからか緊張していないようだ。
事件が解決したことも伝わっているので、それも大きいだろう。
「あの、何か手伝います」
「人は足りてるから、カズサは座ってて」
「……分かったよ」
せっかくの申し出だが、アズはそう言って断った。
久しぶりにちゃんとした料理が出来るので朝から下準備し、後は配膳するだけだ。
四人もいれば人手は十分。
メニューは羊肉を柔らかくなるまで煮込んだラムシチューと、骨付きのラムステーキだ。
パンも硬い黒パンではなく柔らかい白パン。
量も大盛りだ。なんせシチューは大鍋一杯に作った。
カズサの弟はともかく、それ以外の面子はよく食べる。
エルザが両手を組んで祈りを捧げたあと、昼食を食べ始めた。
甘い芋と人参はよく火が通っており、表面にシチューが染みてホクホクだ。
羊肉はスプーンで切れるほど柔らかくなっていて、口の中に入れると溶ける様に消える。
会心の出来だ。
ラムステーキも筋切りを丁寧にしたので小さな子供でも食べられる。
塩コショウのみの味付けだが、香ばしい匂いが食欲を駆り立てた。
あまりによく出来過ぎて、結局全員食べ始めてからは無言になってしまった。
和気あいあいとした食事にしようと思っていたのだが、仕方あるまい。
量だけで言えば二十人分は用意した食事だが、キレイに空になった。
アズとアレクシアの二人で半分以上は食べていたと思う。
冷蔵庫の掃除もできてちょうど良かった。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「お肉柔らかかったです」
「満足してもらえたようで何よりだ」
カズサと弟のレイのお礼を受け取る。
理由があったとはいえ、この二人には数日間保存食だけで過ごさせていた。
カズサは運び屋として冒険者と共に過ごしていたから慣れているだろうが、幼いレイには少し味気なかったに違いない。
「それで、あの。これからのことをお話できるってアズから。家財なんかは回収は無理そうだったんですよね」
「残念ながら、俺達が見に行った時にはひどく荒らされていた。それに今は王国の捜査が始まっているだろうから、回収は難しいだろう」
「そうですか……」
やはりショックを受けている様子だった。
アズと共に命からがら逃げだしてきたのだ。
鞄と手に持てるだけ持ち出したのだから家財道具はほぼ全滅。
買いなおすとなれば、相当な負担だ。
もしこれで実際の現場を見たら余計に辛かっただろう。
「運び屋が主な職だったか?」
「はい。アズ達にはよくして貰いました。破格の条件で、二度目は命まで助けてもらって感謝してます」
運び屋は戦闘に参加することはないからか、冒険者からの待遇は悪い傾向にあるようだ。
いくら運び屋がいることで魔物からのアイテムや魔石の回収量が増えても、頭数が増えてしまえば稼ぎが減るという考えなのだろう。
ヨハネからすればそれは短慮な考え方だと思う。
命を張っている以上は、戦闘に加わらない相手に同じ分け前を渡したくないという考えも透けて見える。
人間は複数のことを一度に出来るようにはなっていない。
中にはそれが出来ると豪語するものがいるが、実際はお粗末なものだ。
やるべきことを減らす事がパフォーマンスの向上につながる。
戦闘が終わった後に地面に落ちた物を拾って足止めを食らうなど、非常に無駄な行為だ。
荷物を減らせて身軽になれるのも大きい。
運び屋がいることで上がる効率は、人数が増えることによるマイナスよりも大きいことはアレクシアからも確認がとれている。
……冒険者からの扱いの悪さに腹を立てて、多くの運び屋は意図的にサボタージュしている可能性もあるが。
カズサはそのようなことはしないだろう。
アズ達からの報告と、実際に話した人柄から分かる。
ここで大事なのは、カズサが信用できる人間であるということだ。
「運び屋は続けるつもりか?」
「……他に職がなければ、そのつもりです。私には学もありませんし、この都市の市民権もありません」
運び屋は冒険者と同じく危険が伴う仕事だ。
悪質な冒険者に逃げる際の盾にされることもありえる。
レイを養うために続けてきたが、それでレイを残して死ぬ可能性があることを懸念しているようだ。
「アズから少し話は聞いている。アズの友人だし、なんとかしてやりたいと思ってる」
「そんな、暫く泊めてもらっただけでも助かりました。迷惑を持ち込んだのはそもそも私ですし。アズが助けてくれたからこうやって弟とこの都市に来れたんですから」
そう言って弟の手を握る。命があっただけマシ、と言いたいのだろう。
姉弟二人で生きてきただけあって子供ながら甘えもないようだ。
「まあそう言うな。慈善事業ってわけでもない。今二人を泊めている宿は後々客を入れるつもりなんだが、そっちに割く人員が居なくてな。だから掃除なんかをして貰ってたんだが、そのまま働かないか?」
信用できる相手を見つける苦労は散々経験した。
カズサ次第だが、このまま雇用を考えてもらいたい。
一定期間雇用すれば市民権も得られるし、一発は当てられないが安定した収入は約束できる。
宿が稼働し始めれば売り上げに比例して給料も増やすつもりだ。
悪い話ではないと思う。
条件も含めてそう話すと、カズサは少しぽかんとした顔をしていた。
思ったより条件が悪かったのか?
「やり、やりますっ」
直後、乗り出すようにしてカズサが返事をした。
あまりの勢いに食後に用意したハーブティーがカップからこぼれる。
「そうか。いい返事を貰えて嬉しいよ」
「頑張りますから、よろしくお願いします!」
握手をし、契約は成立した。
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