第336話 ティアニス第二王女

 兵士たちが館へとなだれ込んでくる。

 フィンとアズ達は邪魔にならないように壁際に引っ込んだ。


 聞かれたことには答えつつ、邪魔をしないように。


「ご主人様が呼んだんでしょうか?」

「いくらなんでも早すぎる。軍隊は図体がでかい代わりに動きが遅いのが当たり前よ。事前に準備していたかもしくは……」


 突入した兵士達は証拠品を見つけると外に運び出した。

 気絶した連中も連行していく。

 人数が多いだけに、あっという間にことが進む。


 あらかた終わった後、二人の人物が館の前に現れた。

 それを確認するやいなや、兵士達が一斉に作業を止めて最敬礼の姿勢をとる。


 両肩に勲章をいくつも張り付けた指揮官が、その二人の前に立ち敬礼する。


「終わりましたか?」

「は。第二王女殿下。協力者の助力もあり全てつつがなく。別動隊が主犯の捕縛へ動いております。間もなく良い報告をできるかと」

「そう。あの方たちが例の人達ね?」

「はい」


 第二王女。

 まぎれもなく王族の一人がこんな所に。


 後ろに控えていた女の従者が日傘を畳むと、第二王女は館へと足を踏み入れる。

 そしてそのままアズ達の方へと向かってきた。


「頭が高い」


 従者の女性はただ一言そう告げた。

 言葉だけで凄まじい圧力だ。

 だが、この少女が本当に第二王女であれば立ったままでは不敬に当たる。

 膝をつき、首を垂れる。


「もう、カノンは礼儀に煩いんだから。ごきげんよう。現地の協力者の方ね?」


 前に立つと、そう言って微笑んだ。

 透き通るプラチナブロンドの髪に、蒼い目。

 日に焼けたことなど一度もないかのような白い肌。

 高貴なるものと一目で分かるほどに美しい少女だった。


「初めまして。王国第二王女、ティアニス・デイアンクルよ」


 そう言ってスカートを両手でわずかにたくし上げる。

 それは完成された所作だった。


 アズが思わず見惚れるほどに。


「聞けばアナティア叔母様の護衛もされたんですって? 頼もしい人たちなのね」

「はい。王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます」


 エルザがアズに代わって答える。

 フィンもアズも王族に対する言葉遣いなど分かる筈もなく、口をつむぐしかなかった。

 せめてアレクシアが居ればと思ったものの、ヨハネと共に今は居ない。


「カソッドの領主から話が上がってきた時はとても驚いたわ。医療やポーションなんかは私の管轄なの。目を光らせていたのだけど、やっぱり王都の外となると難しくて。あの痛ましい事件は私も幼いながらも記憶にあります。私の弟も毒殺されたこともあって、そういうのはとても許せなくて」


 ティアニス王女はほぼ一方的にまくし立てている。

 それをエルザは相槌をうち、気分を害さないように徹していた。


「だからね。私は今回のことはとても評価しているの。事件を未然防ぐのがとても大事。起きた後だと色々と大変だし、犠牲者が出てしまうものね?」

「その通りです」

「なかには事前に防ぐことを当たり前だと思う人もいるけれど……私は違う」


 一瞬だけ、ティアニス王女の笑みが崩れる。

 しかし、次の瞬間には元の笑みに戻っていた。


 フィンとアズは思わず目配せする。

 王族って怖いなと。

 後ろで控えていたカノンがそっとティアニス王女に耳打ちする。


「ティアニス殿下。そろそろ撤収の時間かと。兵士達は準備を終えております」

「あらそう? それじゃあもう行くわね。入れ違いになってしまったみたいだけど、今度ヨハネさんという方にもお会いしたいわ。今回のことは後は私に任せてちょうだい」


 来た時と同じように、あっという間に居なくなってしまった。

 証拠と捕縛した者たちを連れて。


「あれが王族の人……綺麗でしたね」

「あの目見た? 良くも悪くも同じ人間だと思ってないわよあれ。役に立つ道具か何かだと思ってるんじゃない?」

「こらこら、王族の悪口は厳禁ですよ。どこで聞かれているかも分からないんだから。お付きの人の顔見たでしょ。下手なこと言うとどうなるか」


 エルザは脅かすように嗜める。

 王権は法権よりも強い。

 国民感情を無視すれば民の一人や二人、簡単に処刑することが出来る。

 しかもアズやエルザは奴隷の身分だ。

 サイン一つで縛り首にされてもおかしくない。


「あわわ……」

「はぁ。権力者との付き合いは面倒なのよ。まあ今回は味方みたいだからいいけど」


 第二王女に対する感想を言い合っているうちに、ヨハネがアレクシアを伴ってやってきた。

 走ってきたようで、息が切れている。


「大丈夫か!? 俺達が出発した後すぐ第二王女が動いてたらしくてな。ジェイコブが確認しようとしたときにはもう踏み込んだと」

「さっき来たわよ。全部持っていっちゃったわ。私達はお役御免だそうよ」

「そうか……」

「とりあえず一息入れなさいな」


 アレクシアが水を用意してヨハネに渡す。

 それを一気に飲むと、ふーっと息を吐いてようやく落ち着きを取り戻した。


「結局いいように使われただけだったな。まぁ、こっちとしても手間が省けたともいえるが」

「貴族や王族なんてそんなもんでしょう。その分使えるだけ使ったらいいのよ」

「まあ、そうだがな。釈然としない部分もあるが……。これで仕舞いか。イエフーダの奴はとっくに逃げてるだろうし」


 いつまでも屋敷にいても仕方ないので外に出る。

 外は真っ赤なほどの夕焼けだった。


 ヨハネはぐっと背を伸ばす。

 自分から首を突っ込んだとはいえ、ただただ疲れたという気分だった。

 過去の清算が出来たかというと、難しいところだ。


 ただ、昔は選べなかった選択肢には違いない。

 そう納得することにした。


「さて、宿に戻って明日には家に戻るか」

「はい。分かりました」


 アズの声が心なしか嬉しそうだった。



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