第335話 待ち時間

 ヨハネとアレクシアがジェイコブのところへ向かった後、見張りとして残った三人は椅子を引っ張り出して適当な場所に座る。


 入り口の扉は床にのびている兄弟に壊されたが、無理やりはめて栓だけしておいた。

 これでも多少の時間稼ぎにはなる。


「また逃がしちゃいましたね」

「そうねー」


 無言に耐えかねたのかアズから話題を切り出す。

 前回はスクロールを使って移動して逃げた。

 今回はそんな形跡はなかったが、ジルごと見事に立ち去ってしまった。


 掴もうとした一瞬前までそこにいたというのに、正直化かされた気分だった。


「種は割れてるわよ」


 フィンはそう言ってコートの裏側を足でめくる。

 そこには何かが縫い付けられた跡があった。


「おおかた透明になる魔道具か何かを仕込んでたんでしょ。それを使ってジルごと姿を消したのよ。あんたじゃなくて私が捕まえようとしたら逃さなかったわ」

「そんな魔道具があるんですか!」


 透明になる。

 もしそんなことが出来たら何でもありではないか。

 アズはそう思ったが、フィンはそうは思わなかったようだ。


「意表をつくのには便利。私も近くに居なきゃ見失った訳だから。でも消すのは姿だけ。音も匂いも足跡だって残る。今回はこの場所から離れられなかったから追跡もしなかったけどね。それにこういう魔道具は長時間は持たない。私らだって使うのは極一部よ」

「知っていれば対策できるし、いうほど便利な道具ではないと。でもそれはフィンちゃんだからだと思うなぁ。私達だと、ねぇ」


 エルザがアズの方へ向いて同意を求める。

 アズは何度も頷いた。


 目の前で居なくなった時は本当に驚いたのだ。

 フィンの言う通りならどうにかしてアズの手をかわした後に姿を見えなくして普通に逃げたということになるのだが、説明されても信じられない。


「まぁ、あんた達は戦うことに特化してますって感じだもん……。冒険者的にバランスが悪いわよ。トラップとかどうしてたの?」

「えーと、アレクシアさんの魔法とかエルザさんの奇跡とかで。回避できないのは無理やり突破してたような」

「アズちゃん結構落下トラップに引っかかったよね」

「あれは好きで落ちてるんじゃないです!」


 アズは抗議したものの、エルザ相手では泥に杭を打つようなものだ。

 のらりくらりとまるで効果がない。


「つまり力押しってこと? よく生きてるわね。まぁ尖ってる部分の戦闘力は同格の冒険者よりよほど高いからか」


 フィンは呆れた声でそう評した。


 回避盾兼アタッカーのアズに、魔導士兼中衛として動ける騎士のアレクシア。

 ヒール役ながらもアズより強い前衛のエルザ。


 戦いになればさぞ強かろうという褒める部分と、それ以外は呆れるほどダメな部分。

 結果的にヨハネの求める水準はクリアしているので、テコ入れもされないようだ。


「じゃあ、今度フィンさんも私達を手伝ってくれませんか?」

「私が~?」


 心底嫌そうな顔だった。

 確かにフィンは今暗殺者業を休業している。

 帝国の権力争いの激化についていけず、大怪我を追って離脱しているからだ。


 今はもう怪我は完治したが、死地に飛び込む気もない。

 ヨハネの仕事を手伝うだけでもそれなりに稼げるし、王国内にある仕事は今どれもしょぼいからだ。


 そう考えるとアズ達の手伝いというのも、意外と暇つぶしには悪くなさそうに思える。


「まぁ、気が向いたらね」

「約束ですよ」

「分かった分かった」


 ヨハネが奴隷達を使い捨てずに大事に扱っているのは知っている。

 十分な装備と準備。事前調査も素人なりにやっているようだ。

 フィンに頼んだ仕事のいくつかもそれ関係だろう。


 手伝うともなれば、それなりの待遇で扱ってくれるだろうが……。


 アズに言った気が向いたらという言葉通り、暇なら手伝っても良いかなという気分になっていた。


「ふふ。ずいぶんと丸くなりましたね。最初は切れるナイフみたいな雰囲気だったのに」

「あん? うるさいわね。あの頃は色々とあったのよ。司祭だからって説教じみたこと言うなっての。ちょっと目を瞑るから話しかけないでよね」

「分かりました。私達で見張ってますね」


 フィンは目を瞑り、椅子の背もたれに体重を預ける。

 暗殺者として育てられた習性でこんな場所では眠れないが、それでも目を瞑ってじっとしているだけで多少は回復できる。


 特に目は日常的に酷使しているのでこうやって定期的に休めることが大事だ。

 そんなことを考えていると、屋敷の外に人の気配を感じる。


「チッ」


 最初はヨハネ達がもう戻ってきたのかと思ったがそもそも速すぎる。

 それに人数も多い。

 遅れて敵の増援が来たのだろうか?


「どうしたんですか?」

「ぼさっとしてないで立て」


 フィンが急かすとアズとエルザも立ち上がる。

 まだ外の様子には気が付いていないようだった。


 皿に屋敷を取り巻く人数が増えた辺りでアズの顔が緊張感を帯びた表情になる。


(なんだかんだ戦士の顔はするようになったわね。最初に会った頃は甘ったれた顔だったのに)


 エルザは基本的に笑みを浮かべて何を考えているのか分からない。

 司祭だからか表情を隠すのが得意なようで、フィンの目利きでも読み取れないのだ。


 分かりやすいアズの方が可愛げがある。


 全員武器を構えて扉を見る。


 屋敷は完全に囲まれており、全員で逃げるのは不可能だ。

 そもそも今更ここで逃げるという選択肢はない。


 入り口の扉に人が集まるのが分かる。

 息を吐いて身構え相手の侵入に備える。


 扉が破られ、一気に相手が侵入してきた。


「王国軍の調査隊である! 中にいるものは武器を収めて動くな! 敵とみなす!」


 入ってきたのは敵組織の連中ではなく王国軍だった。

 武器を下ろし、鞘に納める。

 どのような理由であれ王国軍と争うのは極めて面倒だ。


 アズ達もフィンを見た後に倣った。


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