第330話 何も知ろうとせずに片棒を担ぐ男

 これ以上は何も得るものはないと判断し、廃教会から出る。


 次にフィンの案内で移動したのは近くにある製糸工房だ。

 廃教会と同じく、もう本来の役割は果たしていない。


 訪れる人も居なくなり、機材も撤去されているはずだった。

 だが、製糸工房に近づくにつれて物音が聞こえる。


 臼を引くような音や、慌ただしく移動するような足音。

 誰かが中にいるのは確実だ。


「私が中に入って制圧するから、静かになったら入って来て」


 そう言ってフィンは無音で鍵を開けて工房の中へ侵入していった。

 それからわずかな時間で、工房が静かになる。


「行くぞ」


 先頭にいるアズに伝えると、頷いて中に入って行く。

 エルザやアレクシアと共にアズについて行くと、数名の男女が床に倒れていた。


 いくつかある机の上には、加工途中のポピーの実や真っ白な粉がある。

 道具は先程まで使われていた様子で、ここでポピーの実を加工し、麻薬を精製していたのは間違いないだろう。


 ……火をつけてやろうか。

 最初に浮かんだのはそんな考えだった。


 冷静ではないな、と深呼吸して落ち着きを取り戻す。


「一人だけ気絶させずに捕まえたわ。こいつがここを取り仕切ってるやつよ」


 フィンが奥から捕縛された男を連れてくる。


「ちんたらしないでさっさと歩け」

「な、なんなんだあんた等」


 男はうろたえた様子でフィンやこっちを何度も見つめる。

 状況がよく分かっていないようだ。


 近くに椅子があったのでそれを移動させ、男を座らせる。


「これからいくつか質問をする。答えるかどうかはあんたの自由だが、この状況を加味した上でよく考えて判断してくれるとこっちも手間が省けて助かる」


 どこからか見つけてきたのか、フィンが鋸や金づちを近くの机に置く。

 わざとらしく音を立てて置かれたそれ等を、男はギョッとした顔で見ていた。


「こんなの聞いてねぇ……」

「それじゃあ始めていこうか。ここで何を作っていたんだ?」

「知らない。……本当だ! 嘘じゃない」


 手を金づちにのばそうとしたら男は焦って答える。


「何も分からないまま作業していたのか? そうだとして、出来上がったものはどうする予定だったんだ?」

「お、俺は薬草なんかを加工して生計を立ててたんだ。ある日突然薬を作って欲しいって言われて……。出来上がったものは毎日回収に来る」


 薬か。

 乾燥したポピーの実を一つ掴んで男に見せる。


「これが何かも知らないのか?」

「何かの植物の実だろ? 果肉を咥えてみたが毒もないようだし、なにか問題があるのか?」


 野草の毒を確かめる際に、唇で咥えたり口の中に入れてしばらく待つというものがある。もちろん飲み込まずに吐き出す。

 なんとも危険そうに見える方法だが、それなりに効果がある。


 確かにその方法なら害はないだろう。

 嘘を言っているようにも見えない。


「何に使われるのかも知らない?」

「あ、ああ。薬という位だし何かの病に使うんだろ」


 掴んでいたポピーの実を捨てる。

 何も知らずに作業していたということか。


 その結果何が起きるかもわからずに、小銭で雇われて悪事の片棒を担いでいることも知らず。


 ポピーの実は調べようと思えば誰でも調べられる。

 そして、こいつはそれすらしなかった。


 ……呆れて言葉も出ない。

 もういい。


「毎日回収にくると言っていたが、次はいつ来る?」

「今日はまだ来てない。もうじき今日の分を取りに来ると思う……思います」

「そうか。お前の仕事は今日で終わりだ。二度とこれに関わらないことを誓うならここで解放してやろう」

「誓う、あんた達のことは誰にも言わないよ! 勘弁してくれ。食わわせていかなきゃいけない家族が居るんだ」


 何一つ信用できない薄っぺらい言葉だ。こいつをどうこうしても意味はない。

 できるだけ利用して後は放置すればいい。

 見たところここでの加工も乾燥したポピーの実をすり潰して余分なものを選り分ける程度しかしていない。


 工程を分けることでリスク分散でもしているのか。

 これではこの男もレシピも分かるまい。


「逃がしてやる。ここの連中への説明と……あともう一つほど仕事をすればな」

「何をすればいいんだ?」


 男にこれからやることを説明する。

 この男は保身しか考えていない。きっと自分のためによく働くだろう。


 男の縄を解き、納品分だけ集めて他はすべて処分した。

 少し時間が経って、扉からノックの音がする。


「この合図は間違いない。回収に来た」

「そうか。じゃあ打ち合わせ通りにやれ。約束は守る」

「分かってる」


 フィン以外は見えないように身を隠す。

 何かあった時の為にフィンは天井に張り付いて身を潜めている。器用なことをする。

 男は納品する袋を持ち、扉を開けた。


 そこにはフードをかぶり、顔が見えない人物が立っていた。


「今日の分は出来ているか?」

「こ、これだ」


 上ずった声だった。なんという演技の下手さ。

 見るからに不自然だった。

 フードの人物は袋を受け取るが、少し訝しそうにしている。


「どうした? 少し様子がおかしいようだが」

「別にそんなことはない……」

「ならいいんだが。明日も頼むぞ。いくらあっても足りないんだからな」


 フードの人物はそう言って背を向ける。

 多少不自然ではあったが、さすがに中が制圧されているとは思わなかったのだろう。


 フィンとアイコンタクトをとり、フィンは無音で着地してフードの人物を追いかけていった。

 別の加工場所に相手が連れていってくれる。


「これで解放してくれるんだよな?」

「ああ、もちろんだ」


 隠れていた場所から出てきた途端にすがりつくように言う。

 開放するとは言ったし、それは守るつもりだ。

 アレクシアの方を向き、あごで指示をする。


「うぐっ」


 アレクシアが素早く手刀を当てて男を気絶させた。

 見事な腕前だ。


 男を再び捕縛し、転がす。気が変わった。

 ここのことはジェイコブに知らせればすぐに対処するだろう。


 主犯ほど罪は重くならないはずだ。

 それまではここで大人しくしてもらう。


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