第329話 荒らされた教会
無事朝を迎えられてホッとした。
ここまで順調だったからか、ここはもう敵地だというのに油断しすぎていたのはたしかだ。
両手で頬を叩く。
小気味良い音とともに鋭い痛みが走り、眠気と油断を追い出す。
「悪かったわね」
フィンは珍しくしょぼくれた顔をしている。
大怪我を追っていた時もふてぶてしい態度だったことを思うと、こんな表情は始めて見たかもしれない。
「一応言っておくけど、同業者相手でも私はこんなにはっきりと追跡されないわよ」
「そうだろうな」
フィンはこれまで接してきて分かっているが、かなりプライドが高い。
嘘を言う自分を許容しない。
出来るといったことは必ずやり遂げるだろう。
あのジルという少女はあらゆる意味で普通とはかけ離れていた。
もし逃げずに戦いになっていれば、どうなっていたことか。
「相手が悪かったというしかないだろうな」
「不気味だったわ。あの強さよりも、もっとなんていうか……」
「考えても仕方ないことを考えても仕方ないでしょ」
アレクシアが手を叩き、そう締めくくる。
たしかにそうだ。あの少女のことは何も知らない。
そんな状態で考えても答えは出ない。
「俺達のことはもう報告されてるだろう。もしかしたら今日も何かあるかもしれん。各自気を付けるように」
「私達よりも、ご主人様が心配なんだけど……私がなるべく付くわ」
「そうして下さい。生きた心地がしなかったです」
注意喚起をしたところアレクシアとアズがそう言った。
これは言い返せない。
アレクシアが傍にいれば間違いなく安全だ。甘んじて受け入れるとしよう。
エルザは何やら考え事をしている。
たまに見せる真剣な表情だ。
「もう一度会いたいですね。どうやって力を手に入れたのか色々と聞きたいこともあるし」
「イエフーダが絡んでるなら、その機会もあるだろう」
あまりあの男の顔は見たくないが。
顔を見た瞬間からどうにも気に食わない。
やっていることもそうだが、それ以上に生理的な嫌悪感がある。
宿の食事を済ませ、飴玉を配布する準備を済ませる。
三日目ともなれば慣れたものだ。
集まっている人たちに配り始めていく。
ちゃっかり二度目を貰おうとするやつもいるが、多少は織り込み済みだ。
子供を中心に噂になったようで、今日でルーイドの子供達にはほぼ行き渡ったはずだ。
大人達にはフィンが流した噂である薬代わりの飴が評判を呼び、予想通り残った飴も殆ど配り終えた。
何かしら妨害が起きると思ったが、特に横やりもなく目的である青い飴……ブルースカイをルーイドの人達に食べてもらえた。
これで数日間は麻薬による被害は起きない。
相手を焦らせておびき寄せる作戦は失敗したが、これはこれで問題ない。
昨日の騒ぎで相手も様子を見ているのかもしれない。
「飴ちょうだい」
最後の飴を少女に渡そうとする。
その姿を見てギョッとした。
ジルがそこにいたからだ。
「飴くれないの?」
不思議そうに顔を傾ける。
そこには敵意は一切感じられない。
隣にいるアレクシアが拳を固めていつでも動けるようにしていた。
こっちも、ジルも武器はもっていない。
「何をしにきたんだ」
「飴を貰いに来たの。ここでくれるって子供達から聞いたから」
「……確かにそうだが」
周りを確認する。
もう飴もないのでイベントも終わりだと解散していく人々が居た。
ここで騒ぎになるのは避けたい。
飴を渡すのは問題ない。相手がサンプルを欲しがってるなら、配った住人からいくらでも手に入る。今更だ。
「ほら、これをやるからさっさといけ」
「ありがとうございます」
そう言ってジルが深々と頭を下げる。
「何か貰ったらこうするってイエフーダが言ってた。合ってる?」
昨日の印象とはかなり違う。
無表情で飴をほおばる姿はそれなりに子供らしい。
しかし、先ほどの言葉は少し気になる。
まるで、そうすれば擬態できるとでも言わんばかりの言葉だった。
考え過ぎだろうか。
飴を舐めながらジルは背を向けて歩いていく。
エルザはじっとジルを見ていた。
その眼差しは普段とは違う。たまに見せる冷たい目だ。
「本当に飴を食べに来ただけ、か?」
「そうみたいね。武器も持ってなかったし、昨日感じた敵意は一切無かった」
アレクシアが握っていた拳を開く。
「これからどうしますか?」
「向こうが直接かかわってこないなら、プランBだな。麻薬の加工現場を押さえたい」
そこまで踏み込めば、相手も動くしかないだろう。
ジルと今度は戦いになるかもしれない。
子供だからといって、立ちふさがるなら容赦はしない。
麻薬が広まらないように必ず潰す。
「あの子は私が倒しますわ。だから心配しなくても大丈夫よ。アズだと、ちょっとまだ危ないかもしれない」
「わ、わたしだって大丈夫です!」
「実力が近い相手との戦いは何が起きるか分からないわ。それにあの様子だとまだ何か隠してるかもしれない。私も本気を出すなら周りに人が居ない方がいいわ」
アレクシアの言葉にアズは両手を振りながら反論するものの、説得力に欠けた。
エルザの祝福があればと思うが、確かにジルの底はまだ見えない。
「アレクシアに任せる。頼んだ」
「ええ。任せてちょうだいな」
アレクシアが自信に溢れた表情でそう返す。
こと戦いにおいてはうちのメンバーの中で群を抜いている。
アズの成長は著しいものの、アレクシアも冒険を通して成長しておりまだ追いつけないようだ。
「じゃあここからは私の番ね。目星は付けてあるわ。いいとこなしなんて冗談じゃない」
フィンがそう言うので、道案内を頼むことにした。
やられっぱなしは気に食わないというのが伝わってくる。
馬車に荷物を片付け、身軽な状態になった後は人の少なくなる夕刻を待つ。
冬の日が暮れるのは早い。
昼が過ぎたと思ったらもう太陽が陰りはじめ、周囲は紅く染まる。
「こっちよ」
最初の候補はカズサ達が住んでいた廃教会だ。
夕日に照らされた廃教会はどうにも不気味に見える。
掲げられる歪んだ十字架を見ながら、そっと侵入した。
不法侵入だが、カズサの私物を取りに来たとでも言えばいいだろう。
廃教会の中は荒れ果てていた。
無理やり床板が引き剥がされており、とても少し前に人が住んでいたとは思えない。
しきりに使っていた板は破壊されて打ち捨てられていた。
「ひどい……」
カズサと会うために訪れたことのあるアズはショックを受けていた。
もしカズサ達が逃げなければどうなっていたことか。
家財道具も壊されている。
予想通り、ポピーの実は回収されていた。
「許せないです。こんなこと」
「相手のことなんか何も考えてないんだ。あいつ等は」
相手を尊重する心があれば、何が起きるか知ってて麻薬を作ろうとはしない。
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