第328話 アニマの少女・ジル
アズに思いっきり蹴飛ばされた少女は少し離れた場所に着地した。
もろに腹に入ったように見えたが、痛がる素振りはない。
ゆっくりと体勢を立て直し、こっちを見る。
アズが視線を遮るように間に入る。
剣はすでに抜かれていた。
何度か咳をしたものの、それ以外に支障はない。
「助かった。ちょっと無防備すぎたな」
「いきなり大きな音がしたので急いできました。あの子は誰か分かりますか?」
「初対面だ。警告もなしにいきなり攻撃されたから友好的とは言えなないな」
「つまり敵ですね」
それが分かれば十分だとでも言うように、雰囲気が変わった。
アズが灰王の構えをとると、相手の少女は再び異様な構えを取った。
アズよりも幼く見える少女があの構えをしただけで、背筋が凍るような恐ろしさを感じる。
まるで人間ではないかのような、もっと恐ろしい何か。
アズも少女に同じような印象を抱いているはずだが、堂々と構えを崩さず前に立っている。
ただひたすらに頼もしい。
アズが息を吐きだす。
息は白いもやとなって浮かび、冷やされて消えていく。
完全にもやが消えたと思った瞬間、アズと少女が動いた。
二人はまさに正反対の静と動だ。
素早く間合いを詰めるアズに対し、少女はゆっくりと剣を振りかぶっている。
アズが剣で袈裟斬りを少女に向けて振るうと、剣の柄を使って最小限の動きで弾いていた。
攻撃の隙を縫うように、少女の大剣が振るわれる。
アズはそれを回避せず、強引に受け止めた。
空気が震えるような衝撃が起きる。
「その目」
少女は不思議そうにアズの右目を見た。
七色に光る虹の色彩。
少女の赤い目に感情が宿る。
「奇麗。ちょうだい」
「あなたにあげるものなんてない」
アズは使徒の力を使って大剣を押し返す。
それは予想外の力だったのか、初めて少女の体勢が崩れた。
大剣が大きく弾かれ、その力に引き摺られるように何度かステップする。
その後大剣を地面に突きさして強引に止めた。
追撃しようとしたアズの剣をそのまま大剣で防御する。
二人の顔は目前まで迫っている。
「……私と同じくらい強い? どうしようか」
「ご主人様を殺そうとしましたよね? あなた何なんですか?」
「私? 私はジル。イエフーダの道具、だよ。私もアニマになれるんだって。よく分からないよね」
「名前を聞いたわけじゃない!」
アズがより一歩踏み込む。
ジルの方が明らかに劣勢だが、その表情には焦りが感じられない。
「このままだと負けるから、ちょっとだけ本気を出す」
そうジルが言った瞬間、アズが大きく弾かれた。
後退してヨハネの元に戻ってくる。
「仕留められませんでした。あの子、とても変な感じがします」
「無理はするな。じきにエルザやアレクシアも降りてくるはずだ」
「分かりました」
お互い最初に構えに戻る。
ジルと名乗った少女の目は深夜の暗闇の中で爛々と光っていた。
まるで人間よりも、魔族のようだ。
使徒の力を使っているアズはあの竜殺しすら感嘆させたほどの純粋な力をもっている。
そんなアズに対抗できるほど力などそうあるとは思えない。
なにか特殊な存在なのは間違いなかった。
アズとジルの視線が交わるだけで空間が歪むような錯覚が見えた。
このまま戦えば、必ずどちらか死ぬ。
そんな時、ようやくアレクシアとエルザ、フィンが降りてきた。
「なにごと!?」
「ごめんなさい、遅れました」
「あいつよあいつ! どうやってか私の居所を突き止めたのか」
一対一でアズと互角。
だが、今は四対一だ。
そしてアレクシアはアズよりも強い。
完全にこっちが有利な状況に変わった。
ジルにもそれが分かったのだろう。
爛々としていた赤い目が元に戻る。
「残念。お仕事失敗。さよなら」
「っ逃がさない!」
ジルは暗闇に紛れるように後ろへと跳び、姿を隠す。
アズが急いで追いかけたが、どのような手段を使ったのかすでにその姿はなかった。
「フィン、あれがイエフーダの傍にいた少女か」
「そうよ。私が撒けないなんて考えられない。隠蔽を見破った時といい、多分あれは普通の人間じゃないわよ」
「だろうな。まるで人間の形をした魔物かなにかだ」
あの感情を感じられない赤い目。
そして力を開放した後の爛々とした輝き。
人形のように整った容姿も相まって、なんとも不気味で恐ろしい。
「魔の気配は感じられませんでしたが……創世王の使徒の力を薄っすら感じました」
「アズに宿ったっていう力か?」
「いえ、正しい継承による力ではありません。何らかの方法で無理やり引き出しているのでしょう。悪用はなんとしても止めなくては」
創世王教の司祭として見逃せない、というところか。
使徒の力だとすれば、アズと渡り合えるほどのあの身体能力は納得できる。
イエフーダはどのようにしてあの少女を仲間に引き入れたのだろうか。
「なにごとも順調にはいきませんわね。それで、これはどうしますの?」
「これって……ああ。確かにまずはこれをどうにかしないとな」
少女が暴れた後が地面にくっきり残っている。
このままにしておけば確実に問題になるだろう。
宿に泊まっているヨハネ達が疑われる危険もある。
幸い地面はただの土だ。
「アレクシア、均しておいてくれ」
「言われると思いました。まぁ出遅れたしその位はやりますけど」
アレクシアはそう言うと、土の魔法を使って地面の痕跡を消していく。
少しすれば元通りの状態に復元された。
不自然に一帯の雑草などは消え去っているが、数日もすればまた生えてくるだろうし誰も気にしないだろう。
「ご主人様、何が起きたんですか?」
「どうにも耳障りな音が聞こえてな。なぜか様子を見に行かないといけない気になったんだ」
そう。あれはまるで夢を見ているような感覚だった。
「そういう時は必ず私達のうちの誰か一人は連れて行ってください。エルザさんが居るとはいえ何かあってからじゃ遅いです」
アズの真剣な表情に、ヨハネは頷く。
「分かった。心配かけたなアズ。次からはそうする」
「約束ですからね。破っちゃダメですよ」
すっかり怒られてしまった。
宿に戻り、念の為全員で起きて朝を待つ。
何事もなく、朝日がいつも通り差し込んできた。
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