第327話 赤い目の少女

 役人達が立ち去ったので、こっちも今度こそさっさと引き上げる。

 あんまりもたもたしているとまた何かあっては面倒だ。


「もう半分と少しですねー。こんなに早くなくなるなんて……」


 飴玉の在庫の確認をしていたエルザは感心していた。

 とはいえ、配りやすい飴玉を無料で配っているのだ。

 当然の結果だと思う。


「教会のやる炊き出しには人がたくさん集まるだろ。配ってるなら欲しがるのは自然な心理だ。怪しい集団が配ってるならともかくな」

「そういえばそうですね。少し懐かしいです」

「この調子なら明日にはなくなりそうですけど、その後はどうしますか?」


 アズが飴玉の入った箱を馬車に運び終えた。


「明日には何らかのアクションがあるかもしれない。それにフィンが自信ありそうだったから、少し様子を見たいところだ」

「分かりました。でも私達にとっては飴玉を配れば成功ですよね」

「そうだ。数日間は麻薬を摂取しても吸収されずに体外に排出される……らしい」


 ラミザさんから一応どういう原理かは教わっているのだが、仕組みまでは分からない。

 効果があることが分かればとりあえず十分だ。

 その後ゆっくりと黒幕を探せばいい。


 宿に戻ると、ちょうど夕食の時間だ。女将が用意した山盛りのリゾットを平らげた。

 フィンはまだ戻っていないようなので取り分けて置く。


 部屋に入り、一息ついた。

 アレクシアが窓の方を見ている。

 まだ戻らないフィンの心配をしているようだ。


「何かあったのかしら?」

「あいつが遅れをとるのは想像できないな。勝てない相手とはそもそも戦わないだろうし」

「引き際はわきまえてると思うわ。でも、相手のことはまだ何も分かってないし何が起きるか分からないわよ」

「それも込みであいつに任せた。下手に動くよりは待った方がいい」


 フィンのことはそれだけ信用している。

 だが、明日になっても戻らなければその限りではない。


 防寒具を脱いで、各自でくつろいでいるところに窓から音がした。

 フィンがよくヨハネの部屋でやっていた合図だ。


 すぐに窓を開けると、フィンが窓から入ってきた。

 雪が降っていたのか、肩と頭に雪が少し積もっている。


 それを払ってやりながら、アレクシアに暖炉の火を強くしてもらった。

 体が冷え切ってるだろう。

 それに少し機嫌が悪そうだ。


「どうした? 少し遅かったな」

「別に」

「どうぞ」


 アズがリゾットを温め直して、白湯と共に用意した。

 フィンはスプーンを掴むと、無言でリゾットを平らげていく。


 最後に白湯で飲み干し、タオルで口元を拭った。


「たいした警備じゃなかったわ。まあこんな田舎なら当然よね。それだけならそのまま捕縛して証拠を集めてもよかったんだけど……」

「何かあったんだな?」

「チッ」


 舌打ち。思わぬ邪魔が入ったから機嫌が悪いのか。


「イエフーダ。札付きの詐欺師がいたわ」


 子供達を使って店を荒らした男だ。

 ひたすら不気味な雰囲気だったのを覚えている。


 だが、あの男にフィンをどうこうできる様な強さがあるとは思えない。

 以前追い詰めた時だってアズ達を恐れて怪しげな方法で逃げた。


「あのね。私だってあんなクズにどうこうされないわよ。あいつが連れてた護衛がちょっと普通じゃなかったのよ」

「護衛か」


 以前出会った時はいなかったはず。

 新しく雇ったのだろうか。


「派手な髪の色をしていたガキだったわ。表情が平坦というか……それに不釣り合いな剣を持ってた。本気で隠れてた私を見つけて、眉一つ動かさずに剣を振り回してきたのよ。その後も追いかけてくるし、脚力も普通じゃなかった。撒くのに時間が掛かったし、念の為にこっちから入ることにしたの」


 そう言って暖炉にあたりにいく。


「災難だったな。しかしイエフーダか。悪知恵は働きそうだ。気を付けた方がいいだろう」

「正面からなら私が勝つわよ。今回は状況が悪かっただけ」

「無茶するな。いざとなったらアズ達と協力しろよ」

「今は一緒だけど慣れ合うつもりはないっての」


 強情なやつだ。

 フィンがずっといてくれたら助かるんだがな。

 なんだかんだと頼っているし。


 だが、いざとなればフィンの意思に関わらずアズ達に共闘させよう。

 タダ働きなんだ。そこで更に怪我をするのはなるべく避けたい。


「横になって休むわ」


 フィンは体が温まったのか、さっさとベッドに潜り込んだ。

 いい時間だ。

 明かりを消して就寝することにした。


 全員が寝静まった頃。

 ズズズ、と音がした。


 何か大きなものを地面に引きずる時にするような音だ。


 その音はゆっくりとこっちに近づいてくる。

 ひどく不気味な気がした。


 目を覚まし、体を起こす。

 アズ達の寝息が聞こえるほど静かだ。

 それに刺すような寒さ。


 手元の燭台の蝋燭に火をつけて、左手で持つ。


 またズズズと音がした。


 間違いない。近い。

 上着を掴んでさっと着用し、部屋をでる。


 宿の人達も寝てしまい、真っ暗なロビーが不安をあおる。


 音のする方へと向かう。

 靴を身に着け、宿の扉を開ける。


 雪はもう止んだようで、地面に痕跡を残すのみだった。

 一寸先はもはや闇になっている。


 燭台の明かりでも少し先を照らすのが限界だ。

 そんな中で、引きずる音の正体が現れてくる。


 それは、右手に剣を持つ少女だった。

 印象的なのはその構えだ。

 前に屈み、右手に持った剣は肩に載せ、左手はだらんと下げている。


 さぞ歩きにくそうな構えだ。


 どうやら引きずる音は足を引きずりながら歩く音だったようだ。


 蝋燭の赤い明かりを、あかがね色の髪が反射してまるで血のような髪だと思った。


 少女は伏せた顔を上げる。

 赤い目は、何の感情も感じられない。


 一つ分かるのは、少女にターゲットにされたことだけ。

 うかつだった。なぜ一人で外に出たのだろう。


 ここはもう、敵地だというのに。


 少女は身の丈に合わぬ大剣を右手だけで浮かせ、大きく振りかぶりながらこっちに斬りかかってきた。


 とっさに後ろへ飛ぶと、大剣は地面に衝突し轟音を立てた。

 大剣が振り下ろされた地面はえぐれている。


 あんなものを食らったらひとたまりもない。

 少女はそのまま距離を詰めてくると、空いている左手で喉を掴んできて強引に地面に押し倒される。


 なんという力だろう。

 抵抗してもまるで効果がない。大男に掴まれたかのような感覚がした。


「見られたし、ここで殺す」


 感情のない赤い目は、ただ恐ろしかった。

 その直後、誰かが少女を思いっきり蹴り抜く。


 少女は少しだけ体が宙に浮く。


「ご主人様、大丈夫ですか!?」


 アズが助けに来てくれたらしい。

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