第326話 飴玉を一つどうぞ

 出来るだけ大きな声で呼びかけて反応したのはまず少年と少女の二人組だった。

 幸先がいい。

 近寄ってきた子供はこっちをじっと見た後に口を開く。


「飴をくれるの?」

「無料ってほんと?」

「ああ、本当だよ。食べてみて感想を教えて欲しいんだ」


 アズの方へ向き、飴玉を取り出させる。

 そのまま子供達に一個ずつ渡すと、二人とも飴玉を太陽に向けて掲げる。


「きれいだねー」

「うん。キラキラしてる」


 眺めることに満足したのか、口に入れるとニコニコとした表情になる。

 この年の子供なら甘いおやつは貴重だろう。


「あまい!」

「美味しいねー。ありがとー」


 そう言って二人とも立ち去る。

 あの様子なら友達に宣伝もしてくれるかもしれないな。


 子供達の様子を見て、こっちに注目する人が出てきた。

 子供をまず呼び込むのが注目を集めるのに一番効果がある。


 赤ん坊を抱いている母親が近づいてきた。


「飴を売ってるのかい?」

「いえ。無料でお配りしていますよ」


 そう言うと、少し訝し気な顔をする。

 無料という言葉には強い訴求力があるが、逆にそれを疑う人もいる。


「新商品の味を見て欲しいのでお配りしているんですよ。ほら」


 そういう人を相手にするときは信用に値する別の何かを見せればいい。

 今回なら商業許可書だ。


 これは本来きちんとした手順を踏まないと発行されない。

 ちゃんとした身分であるという証明には十分だ。


 子を抱いた母親もそれを見て態度が明らかに軟化した。


「お一つどうぞ」


 エルザが飴玉を渡す。

 赤ん坊は喉を詰まらせる可能性があるので無しだ。

 自ら麻薬を摂取することもないだろう。


「宝石みたいじゃないか。なんだか食べるのがもったいないねぇ」

「見た目でも楽しめるように工夫しました」


 こういうのは言ったもん勝ちだ。

 相手には詳しいことは分からないので、気分良くなるような言葉を選ぶ。


 母親はヨハネのセールストークに感心したように頷き、飴玉を頬張った。


「砂糖菓子なんて久しぶりに食べたけど、これは美味しいじゃないか」

「ありがとうございます」


 立ち去る母親を見送る。

 何かやってるぞと注目が集まってきた。


「どうぞ皆さん、食べていってください。美味しい飴玉を無料でお配りしていますよ!」


 ここでもう一度呼び込むと、遠巻きに着ていた人達がやってくる。

 いい流れだ。


 売り子に顔の良い女性陣が三人いるのも聞いているだろう。

 若い男はアレクシアやエルザに目線を送っている。

 手渡しされるとデレデレしていた。


 こっちは商売人だ。客として眺める位は許してやろう。


 一人一個だが、家族分欲しいものには渡す。

 多めに持っていく者もいるだろうが、それも計算済みだ。


 とはいえこの都市の人間はあまりそういうタイプは少なそうだが。

 集まってきた人達に渡し終わる。


 感想はもちろんいいものばかりだ。

 砂糖を一切ケチっていない。当然の評価だ。


「どれくらい減った?」

「えっと、百五十個くらい配りました」


 袋一つがほぼ空になっている。

 初日にしては十分だろう。


 男が声を掛けてきた。


「俺も一つくれ。明日も配るのか?」

「どうぞ。明日もやりますよ。ただ色々な意見が欲しいのでなるべく多くの人に食べて欲しいと思いまして」

「なるほど。冬はイベントが少なくてみんな退屈してるからな。明日はもっと集まると思うよ」


 男は飴を噛み砕きながら立ち去っていった。

 その後も途切れ途切れにくる人に飴玉を配り、初日は店じまいをした。


「飴を配ってるって聞いたけど、もう終わりなの?」


 若い女性が片づけをしている最中に近寄ってきた。


「まだありますよ。どうぞ食べてみてください。自慢の飴玉です。明日もやるのでよければ友達に教えてくださいね」

「ふぅん。ありがと」


 女性が立ち去る。

 これだけの数の人が薬入りの飴を食べたのだ。


 麻薬をばら撒いても大した効果はもう得られないだろう。

 この調子で配り尽くしてやる。


「何だか疲れました。御主人様はずっと大きな声を出してたのに平気そうですね」

「お前達が多少の戦闘で疲れないのと同じだ。慣れてるんだよ」

「まぁ、さすがは商人といったところですわね」

「褒めるなら素直に褒めろよ」


 アレクシアに言うと、ニッと笑って背中を叩いてきた。


 宿に引き上げると、フィンもちょうど戻ってきた所だった。


「あんたの飴評判いいわよ。噂を広めるのも簡単だったわ。この調子なら明日はもっと人が集まるわね」

「そうか。まあ今回は集客にだけに集中すればいいからな」


 店もこのぐらい人を集めるのが楽なら苦労しないのだが。


「それとルーイドのお偉いさんだっけ? 明日はそっちも見に行くわ。他の同業の姿は無かったけど身辺警護位は雇ってるか見ておきたいから」

「安全第一でな」

「それは聞き飽きたって」


 夕食はゴロゴロ野菜のポトフだった。

 ソーセージがでかい上に沢山入っていた。



 次の日、朝からアズ達と飴玉を配る準備をしていると話を聞きつけた人たちが集まってくる。


 朝からずっと飴を渡し続けて一日が終わってしまった。

 二袋分の飴玉を配ったのか。


 いまのところ順調だ。

 いい時間になり、一旦人が居なくなったので片づけを始めていると数人の男達がこっちに歩いてきた。


 雰囲気的に飴を貰いに来たようではなさそうだ。


「おい、お前達が飴を配り歩いているという連中か」

「そうですがなにか?」

「無料だとしても食べ物を扱うのだろう。ここで商売をするには許可書が必要だ。何も聞いていないぞ」

「これを見てください」


 どうやら役人らしい。

 思ったより早かったな。


 だが、こっちには商業許可書がある。

 王族が関わった上で発行されたものだ。


 ルーイドの一役人にどうこうできるものではない。


「むっ……これは確かに許可書だが」

「でしょう」


 偽造かと思ったのか穴が開くほどに見つめる役人だが、諦めたようだ。


「よければお一つどうぞ」

「貰おうか。おかしなものを配ったらただじゃおかんからな」


 そういって帰っていく。

 そう言うならもっと調べるところがあるだろうと思うが、まあ予想の範囲内だ。


 恐らく純粋に注意しに来たのだろう。

 黒幕が関与しているならもっと粘る筈だ。



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