第325話 ルーイドのいいところ

 早朝、日の出と共に鳥の大きな鳴き声で目を覚ます。

 畜産農家が近くにあるのだろうか。


 ベッドの中は温かいものの、体を起こすと冷たい空気が刺すように身を包む。

 アズやエルザも鳥の甲高い声で起きたようだ。


 欠伸を手で抑えながら体を伸ばしているアズと、そんなアズの乱れた髪を櫛で梳いているエルザ。

 年の離れた姉妹のような光景だった。


 カソッドだとうるさいという理由でこんな近くで宿を構えないのが普通だが、ルーイドでは特に気にしないらしい。


 有事はともかく普段の寝起きはよくないアレクシアですら、耐えかねて目を覚ましていた。

 宿の窓から外を見ると、すでに多くの人が真冬にもかかわらず精を出して仕事をしている。

 陽が昇れば仕事を始め、きっと陽が落ちる頃には家に帰るのだろう。

 健全で健康的だと思った。


 全員目を覚ましたのを確認する。


 着替えを済ませ、ストレッチで体をほぐす。

 寒くはあるが、今日はよく晴れそうだ。


 部屋から出ると、香ばしい匂いがする。

 厨房に火が入っているのだろう。

 宿の女将がこっちを見つけて挨拶しに来た。


「お客さん、もう起きたのかい」

「鳥の声ですっかり目が覚めた。何時もああなのか?」

「そうさ。他所から来た人には結構うるさいらしいねぇ。あたしゃ慣れちまったよ。もう朝ごはん食べるかい?」

「お願いしようかな」

「じゃあ座って待ってな」


 そう言うと女将はスタスタと走り去っていた。

 移動が早い。あれは歩くというよりは早歩きだ。


 ああいう人は仕事がよくできる。それに作業も速い。

 山のような仕事を豪快に片づけるのだ。


 言われた通りに待っていると、両手に加えて腕にまで皿を乗せた女将がさっと配膳する。

 テーブルの上があっという間に皿で埋まってしまった。


「うちは肉も野菜も美味しいよ。もちろんパンもね」


 ニカッと笑って女将は立ち去っていった。

 飲み物は大きなポッドがドンと置かれている。

 コップに各自で準備しろということか。


 これは手間を省くにはいい方法かもしれないな。

 いずれやるうちの宿でも取り入れるとしよう。


 ポッドの蓋を開けてコップに中身をそそぐと、茶色の液体が湯気を伴いながら器を満たす。

 香ばしい香りが寝起きの頭にスッと爽やかな目覚めをもたらす。

 口に入れると熱過ぎて思わず零しそうになった。


「あつっ」


 アレクシアが叫んだ。どうやら勢いよく飲んだらしい。

 アズはそれを横目にふーふーと冷まして口に入れる。

 目敏いやつだ。

 それでも熱かったのか、あちちと舌を出している。

 エルザは平然と飲んでいた。何なんだこいつは。

 フィンはアズよりも更に冷ましてからちびちびと飲んでいる。猫舌なのだろう。


 メニューに目を向ける。

 ベーコンが乗ったサラダに、カリカリに焼いたトースト。

 実がゴロゴロしているコーンスープに、メインは揚げた鶏肉。


「昨日も思ったが豪勢だな」

「そうね。宿の料金も高いわけじゃなかったのに」


 アレクシアの言う通り、平均的な料金しか支払ってはいない。

 王都などでは素泊まりになるような額だ。


 それでこれだけの食事が出されるのは、女将の気っ風のよさだろう。

 それに加えて食材の安さか。


 野菜も家畜も輸送費がかからない分原価も抑えられる。

 その分メニューをたくさん用意しているのではないか。


 揚げた鶏肉は衣がカリカリで、中身はジューシー。

 漬け込んだのか味もしっかりしている。


 サラダは新鮮な野菜で塩だけで美味い。

 よく焼かれた分厚いベーコンと一緒だといくらでも食べれそうだ。


 コーンスープにトーストの組み合わせは堪らない。

 しかもトーストはお代わりできるという太っ腹さ。


 つい腹がはち切れる寸前まで食べてしまった。

 全体的な味付けは濃いのだが、この飲み物が脂っこさも含めて洗い流してくれる。


「ちょっと聞きたいのだが、この飲み物はなんと?」

「これかい? 焙煎茶だよ。この辺りじゃ昔から親しまれてるんだ。美味しいだろう」

「ええ、とても。家でも飲みたいほどに」

「そうかいそうかい。そりゃあよかったよ。欲しいんなら店でも売ってるから寄るといいさね。ここはなんもない場所だけど食べ物は美味しいから、ゆっくりしていきな」


 そう言って空いた皿をあっという間に片づけていった。

 ポッドから焙煎茶をお代わりする。

 満腹なのもあって、しばらくゆっくりと過ごした。


 他の宿泊客の姿が増えてきたので場所を席を立つ。

 部屋に戻ると、フィンはもう動くということで先に移動した。


「田舎だろうと思っていたが、認識を改めないといけないな」


 あの焙煎茶。

 あれは売れる。アレクシアに聞いたが帝国にも似たようなものはないらしい。

 香りが強いお茶はいくらでもあるが、あそこまで落ち着く香りは珍しい。


 帝国の公爵家に持っていったら気に入るのではないか。

 オルレアンの様子も一度見ておきたい。

 もし気に入るようなら王国の公爵にも売り込みをしたいところだ。


 公爵に売り込みをかけられるのはその辺の一商人のコネとは思えない。

 あくまで話を聞いてくれる程度だが、それが出来ることがどれだけ特別か。


 その為にもこのルーイドは変わらず平穏になって貰わなければ困る。

 使命感だけではなく金勘定も加わったことでやる気が燃えるように湧いてきた。


 やはり、根は商人なのだとおかしくなる。


「嬉しそうですね。ご主人様」

「次の商売を思いついただけだ。この騒動はさっさと終わらせるぞ」

「はい!」


 アズの元気な返事を聞き、頷く。

 衣装として服の上からヨハネも含めてお揃いのエプロンを身に着ける。

 飴玉の入った木箱を移動させ、人通りの一番多い場所に陣取る。


 屋台は少しあるようだが、どれも朝食向けのものばかりだ。

 競合で恨まれることもないだろう。


 ヨハネは大きく息を吸うと、移動している人たちに向けて叫んだ。


「皆さん! 飴の試食は如何ですか!? 新商品の意見を伺いたいので無料でお配りしています!」


 呼び込みが出来ない商人はいない。

 数人ほどこっちに気付き、近寄ってきた。


 商人の戦いが始まる。


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