第324話 素朴な都市ルーイド
売るといってもジェイコブとの決まりで金はとれないんだった。
どうやらまだ疲れているようだ。
商人としての根性が染みついている。
砂糖を使ったお菓子の無料配布ならそれほど頭を悩ませなくてもいいだろう。
誰しも無料という言葉には弱いものだ。
……ポピーの実で作られた麻薬も恐らく最初は無料でばら撒かれるだろう。
同じ方法で広めるのは痛烈な皮肉であるように感じた。
まずは完成報告を届けにジェイコブの元へ行く。
短期間で領主の館に三度も行くことになるとは。
次は明るい話題で訪れたい。心底そう思った。
こう何度も訪れていると同業者からも奇異の目で見られているはず。次の商人ギルドの組合では議題の一つに挙げられるかもしれない。
ジェイコブ側から話を漏らすことはないだろうし、なにか適当な言い訳を考えておこう。
ジェイコブの部屋に入室する。
挨拶もそこそこに、完成した薬入りの青い飴玉を一つ差し出す。
商品名は薬にちなんでブルースカイと名付けた。
「これがそうか。お前は相変わらず行動が早い。許可を出して一日で完成品を持ってくるとは」
「うちの店のモットーは誠心誠意、即日対応なのでね」
「ふっ」
悪い印象ではないようだ。
結果が伴うなら早い方がいいというのは多くのことに共通する。
ジェイコブの目から見てもよい出来の様で、飴玉の透き通り具合に感心していた。
しばらく眺めた後、口に含む。
少しして噛み砕く音が聞こえてきた。
「苦いかと思ったが、普通の甘い飴だな」
「ええ。これなら子供も喜ぶと思いますよ」
売れないのが心底残念だ。
見た目は綺麗だが薬の方の原価を考えると、売るためだけにまた作る気にはなれない。
作るなら薬抜きの普通の飴玉だ。
ラミザさんもうんとは言わないだろう。
今回のことは色々と例外続きだ。
詳しいレシピも教えてもらっていない。
「問題はないようだ。ルーイドでの配布を許可しよう。この札をもっていけ。ルーイドにおける商業許可証だ。販売ではないが、大掛かりな配布は目立つだろう。これがあれば問題あるまい」
「どうも。ありがたくもらいます」
ジェイコブから商業許可書を貰う。
本来違う都市の領主から貰えるものではないのだが、恐らく上にいる第二王女様の計らいだろう。
向こうの役人が何か言ってきても、堂々と活動できるという訳だ。
これが終わった後も預けてくれないだろうか。
ルーイドは商売的に美味しい場所ではないが、手の届く商業圏は広いほどいい。
「もう一つ貰うぞ」
「気に入ったんですか?」
「たわけ。第二王女様にお届けする。本来なら調合レシピも貰うところだが」
「それは私ではなくラミザさんに言って頂かないと」
「分かっている。後々交渉するとしよう」
話は終わりだ。
立ち上がり、背を向ける。
「薬を配る以上のことはあまり無理はしないように。王国軍が動くまでの時間を稼ぐのがお前達の役目だ」
「分かってますよ。こっちはただの商人と冒険者ですからね」
振り向くことなくそう答えた。
……半分本当で半分嘘だ。
無理なら深追いはしないが、もし出来ることなら黒幕の顔を拝んでやりたいし、二度とこんな真似が出来ないようにしてやる。
「分かっているならいい。分を超えるなよ」
部屋から出た。
後はルーイドに向かうだけだ。
ルーイドにポータルがあれば馬車を使わずにすぐに移動できたのだが、残念ながら王都までしか繋がっていない。
しっかりと荷を固定して馬車ごとポータルへ乗り込む。
揺れるような感覚を我慢し、王都に到着したらすぐにルーイドへと向かった。
王都からルーイドは近い。ルーイドで取れた農産物を王都に運ぶこむからだ。
到着にそれほど時間はかからなかった。
到着したルーイドという場所は都市というには小さく、村というには大きい。
そういう印象を抱いた。
近くの川には水車が回っており、製粉の為にたくさんの小麦が積まれていた。
のどかな田舎。進歩という言葉を否定したような古い都市。
時が止まったような気がする。
このような場所で本当に麻薬が作られ、ばら撒かれようとしていたのだろうか。
もしアズからの情報でなければ信じられなかったかもしれない。
ルーイドには門番がいない。
いや、門すらない。
小さな魔物や獣避けの柵で囲われているだけだ。
都市の中に入ると、人々が気さくに挨拶を交わしてくるので返した。
何の用事かと聞かれたので、新商品の感想が欲しいので試食してもらうために来たと伝える。
こういう場所にくると余所者は疎まれる事も多いのだが、善良な人たちが多いのだろう。
宿をとり、馬車から荷物を降ろす。
中身を確認したが、しっかり梱包しておいたので損傷はない。
エルザは風を身に受けて髪をなびかせながら周囲を見る。
「いい風。落ち着いた場所ですね。農業と畜産が主な産業でしょうか」
「そう聞いている。ここの家畜の肉は美味いそうだ。餌となる穀物も作っているからだろうな」
「それは楽しみね」
一年中作物を作り、家畜を育て、収穫の際はささやかな祭りをする。
ここはそれだけだ。それですべてが完結している。
それが良いことなのか悪いことなのかは、外部の人間が口を出す問題ではない。
宿では大きな羊肉の骨付きステーキと、冬にもかかわらず新鮮な野菜が出されて舌鼓をうつ。
特にアレクシアは三回もお代わりしていたので相当気に入ったようだ。
宿のおばちゃんに気に入られてしまった。
大部屋を借りて全員で集まる。
「見た限り特に問題は起こってないな。どうやら間に合ったらしい」
「私が来た時と同じ様子なので間違いないと思います」
アズが賛同する。
急いだ甲斐はあったようだ。
「調査は私がやっておくわ。あんた達は明日から早速あの飴玉を配っときなさいよ」
「相手の出方を見てからの方がよくないか? 飴玉の効果には期限があるし」
「逆。あんた達が飴を配るのと一緒に噂を流してあぶり出す方が早いし、こっちが状況をコントロールできる。先手を取った方が楽」
「なるほど。噂はどう流すんだ?」
「私はそういうのも得意なの。色々な毒の予防になるとでも広めるわ。麻薬を口にしても平気みたいな感じにね」
フィンのアイデアは悪くないように思えた。
向こうは何度も邪魔が入って強いストレスにさらされているはずだ。噂であっても気になるはず。
もしかすれば相手は焦って動いて大きなミスをするかもしれない。
何もしないよりは効果がある。
「そうしよう。無茶はなるべく……」
「しないわよ。私はプロなんだから」
言葉をかぶせるようにしてフィンはそう言った。
そこまで言われたら信じるしかない。
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