第323話 賽は投げられた

 薬入りの飴玉を何とか一晩で用意することが出来た。

 全員で協力した結果だ。

 誰か一人欠けても工程が詰まってしまい、もっと時間が掛かっただろう。


 中でもアレクシアが一番頑張ってくれたと思う。

 結局休むことなくずっと魔法を使ってボウルを回転させ続けていた。

 飴を丸めるには熱いうちに成型する必要があるので止める訳にはいかず、誰も交代できない役割だからだ。


 魔力を使い切った様子で、床に座り込んでへたり込んでいる。

 なんだかんだでプライドの高い彼女がここまで疲れた姿をさらけ出すのは珍しい。

 そんなアレクシアに冷たい飲み物を持っていった。

 部屋の中はまだ暑いし、冷たい方がクールダウンできるだろう。


「お疲れさん。苦労させたな」

「そうね。本当に疲れましたわよ」


 アレクシアはコップを受け取ると一気に中身を飲み干し、一息ついた。

 空になったコップを受け取り、隣に座る。

 チラリとこっちを見たが、何も言わずに受け入れた。


 床は少しだけ冷たいが、今はそれが気持ちいい。


「……悪いな、付き合わせて」

「それが私の役目でしょ。それに目的自体は私も悪くないと思うわ。人助けで疲れるのは誰しも悪い気はしないもの」

「そうだな、上手くいけばそうなる」

「ここまでやって心配するなんていつもと違って調子が狂うわね。普段はもっと堂々としてるじゃない」

「割り切ってるからだよ、それは」


 冒険者業のように不確定な仕事でも、十分な準備と調査をすればおのずと結果は分かる。

 アズの悪運のせいか想定通りに行くことはむしろ少ないが、アズ達三人が力を合わせればそれも乗り越えられると信じている。


 だから普段は信じて送り出している。

 だが、今回は目的ありきだ。


 準備も調査もろくにできていない。

 最低限の情報を頼りに手探りでここまできた。


 今の状況は正直、上手くいきすぎたくらいだ。

 だからどうにも自信が持てないでいるのかもしれない。


 アレクシアは少しこっちを見つめた後、大きく振りかぶって背中を叩いてきた。


「いて、お前なにを」


 文句を言おうと振り返ると、真剣なまなざしがそこにはあった。


「ねぇ、これは貴方が始めたことよ。俯くならダメになってからにしてちょうだい。私達のやる気まで無くなるわ」

「っ、分かってる。今は少し疲れただけだ」

「なら構わないのだけど。ほら、もう休憩は終わりみたいよ」


 アレクシアが先に立ち上がる。

 身長はヨハネの方が高いが、彼女の方が大きく見えた。


 少し弱気になっていたかもな、とアレクシアに感謝しつつ立ち上がった。

 さっきよりも体が軽い気がする。

 どうやら励まされてしまったようだ。


 飴玉が冷えて完全に固まり、それを運ぶために袋に入れていく。

 一個一個は小さくて軽いが、まとまった数になると嵩張って重い。

 あまり一つの袋にまとめすぎると底の飴玉が割れてしまう。

 六人いるので六つに分けて大きな袋に詰め込んだ。


 袋は店から持ってきた新品の清潔な布袋を使っている。

 こういうのを客は見ているからな。


 飴玉を分け終わる。

 袋はずっしりと重いが、ヨハネでも持てる重さだ。


「ここまでスムーズにできるとは思わなかったなー。いいチームじゃない」

「ありがとうございます」


 ラミザさんの言葉に素直にお礼を言う。

 同感だった。

 フィンは口が悪いものの悪意は感じられないし、アレクシアも最初に比べれば協力的だ。性格は真面目だからかサボタージュもしないし。

 アズやエルザは元々何の問題もない。エルザのやる気がない時もあるが。

 しいて言えばアズがより積極的になった位か。


 それに、今までの経験がある。

 多くのことは何とかなるだろうと胸を張って言える。


「しれっと私を混ぜるんじゃないわよ」

「どうせしばらくはうちに居るんだろ? なら今はいいじゃないか」

「しょうがないわね。宿代は浮くし」


 フィンのこともだいぶ分かってきたな。


「さて、それじゃあ皆、これを食べてね」


 ラミザさんはそう言って皿を出す。

 そこには六つの飴玉があった。


「作ったものの責任として、自分達で毒見しないとね」

「たしかに」


 飴玉を摘まむ。

 青く透き通った宝石のような輝き。薬を混ぜたとはいえ砂糖と水だけで作ったとは信じられない。

 店頭に置けば珍しがって確実に売れる。


 透けた先にはアズの顔が見えた。

 ふと目が合う。


 妙に面白く思えてふっと笑い、飴を口の中に入れた。

 甘い。だが雑味もなくいつまでも味わっていたい甘さだ

 材料を奮発した甲斐があったな。


 安物の混じり物がある砂糖ではこんな味は出せない。

 他の皆も顔を見ればどう思ったかは直ぐに分かった。


 少しでも味わいたくて噛まずに口の中で溶かしきった。

 もう一個欲しいくらいだ。


「味よし、見た目よし、そして副作用もなし。うん。これなら私も太鼓判を押せるよ」


 ラミザさんの太鼓判を頂いた。

 多分この国で一番信頼できる基準だろう。


「美味しかったです」

「甘露でしたね。家でもまた作りましょうか」

「私はもう魔法では手伝いませんわよ……」


 アズ達も気に入ったようで、また作る算段をしていた。

 上手くいけばうちの店でも出していいかもしれない。


 アズにひとっ走り行ってもらい、馬車をこっちに持ってきてもらう。

 ラバ達は久しぶりの仕事だからか大きなあくびをしてのんびりとしていた。


 輸送中に壊れないように飴玉の入った袋を箱に詰め込む。

 そして揺れないように隙間に緩衝材を詰めこめば馬車で運んでも割れることはないだろう。


「さすがは商人。扱いは手慣れてるね」

「荷運びは最初に習うことですからね。運んでダメにすれば大損なので」

「君の店の子達もうちのポーションを割ってダメにしたことないよね。感心感心。あ、飴玉の効果は三日前後だからね」


 ラミザさんの役割はここまでだ。

 飴を詰めこんだ後に礼を言って別れた。


 ここからはまずジェイコブに完成したことを伝え、それからルーイドへ向かう。

 現地で状況を確認してから飴玉を売る。


 ……露店販売はあまり経験がないが、やるしかない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る