第322話 今夜かぎりの飴玉製造工場

 飴とひとくちに言っても沢山の種類がある。

 今回は人手があるとはいえ材料も時間も限られている。


 なので最もシンプルな砂糖と水だけで作るものを選んだ。

 加えるものが少ない方が、混ぜる薬との相性を考える手間も少ないのもある。


 大鍋にありったけの砂糖を入れて、アズに呼び出してもらった水の精霊から水をそそいでもらう。この世で一番うまい水だ


 このレシピは素材で味が決まる。まずいと食べてもらえない。

 砂糖はかなりいいものを仕入れているのでこれは問題ない。


 大鍋を火にかけてゆっくりと砂糖を煮溶かしていく。

 やることは単純だが焦げ付かないように常に混ぜるのは大変だし熱い。


 全員で交代して鍋をかき混ぜていく。

 量が量だけに中々溶けない。

 それに暖炉の火では火力不足だ。


「出番ですわね」


 アレクシアがブローチを掲げて火の精霊を呼び出す。

 それだけで部屋の気温が上がった。


 火の精霊は寒いのかすぐさま暖炉の火の近くへ行くと、大きく口を開けて火を噴いた。

 火力が一気に上昇する。


 大鍋の中身が泡立ち、一気に砂糖が溶けていった。

 慌てて混ぜようとすると、ラミザさんからストップがかかる。


「砂糖が溶けてからはゆっくりと混ぜなきゃダメ。水分だけが飛んじゃうから。火もとろ火にして」

「分かった」


 言われた通りに木べらでゆっくりと混ぜる。

 アレクシアは火の精霊をブローチに戻し、火加減を調整する。


「水分があるうちは焦げ付かないから心配しなくても大丈夫。溶かしきるだけの火力が心配だったんだけど……精霊持ちとは驚いたね」


 ラミザさんにはそういえば精霊のことは言ってなかった。

 信頼できる相手だ。口も堅いし問題ないだろう。


「後で見せてね。研究したいところだけど怒らせたら怖いから見るだけにしとく」

「それは精霊に聞いてからですね。聞くだけは聞いてみますが」


 現状、火と水の精霊はヨハネ達に勝手に付いてきている。

 善意で力を貸してくれているのだ。

 無理なことを強いれば離れてしまうことだって十分あり得る。


 ラミザさんもそれ以上は追及してこなかった。


 砂糖が完全に溶けた後、水分がどんどん蒸発して砂糖水にとろみがついていく。

 色も濃い茶色へと変化していった。


「それじゃあ薬を混ぜていくよ。熱で効果が変化しないのは確認済み。砂糖なら混ぜても平気。ただ焦げるとどうなるかは分からないからそれだけは注意してね」


 エルザが壺を持ち上げて、ゆっくりと中身の粉末を大鍋に入れていく。

 砂糖水の粘度は薬と混ざってかなり高くなっており、ヨハネでは混ぜるのも難しくなってきたのでアズと交代して任せる。


「そうそう。少しずつ混ぜながら足していって」

「シチューみたいですねぇ」

「青いシチューは食べたくないかな」


 ラミザさんの言う通り、茶色かった砂糖水は完全に薬と同じく青く染まっている。

 不思議なのは澄んだ青色になったことだ。


 てっきり濁った色になると思ったのだが……。


「かなり重いですっ」


 水分を飛ばし続けていると、アズから悲鳴のような声が上がる。

 アズの力でも混ぜられないとなると、相当な硬さになってきたようだ。


「うん。これなら加工するのに十分かな。火から下ろして」

「はい。よいしょっと」


 アズを支えるようにして手伝う。

 大鍋は触ると火傷するほど熱されているので、タオルを何重にもして持った。


 そして大鍋を空にしたテーブルの上に置く。

 青くどろりとした液体が中には鎮座していた。

 最初の砂糖水だった状態に比べて随分と嵩が減ってしまったが、飴の大きさを工夫すれば必要な数は確保できそうだ。


「それで、これをどうやって加工するんですの?」

「俺も分からん」


 アレクシアの疑問はもっともだ。

 飴が砂糖を煮溶かして作ることまでは知っているが、奇麗に丸める方法は分からない。


「さて、冷えたら固まっちゃうからここからが大事だよ。まずはこの型に練った飴を入れていって」


 渡されたのは細長い型だった。

 そこへフィンと共に木べらを使って飴を流し込んでいく。


 飴の熱気で汗が止まらない。

 作業中に全員薄着になったので、肌に服が張り付く。


 飴作りがこれほど大変だとは思わなかった。

 これからはよく味わって食べることにしよう。


「型にいれたら、どんどんここに置いていって」


 大きなまな板が用意されていた。

 言われた通りに飴を流し込んだ型を置く。

 ラミザさんは型を逆さまにして中身をまな板の上へ落とす。


 まだ柔らかいものの、棒状の飴が出来た。

 長さは両手を広げたよりも少し長いくらいだ。


 中身が空いた型を受け取り、次の分をせっせと準備する。


「じゃあ君はこれを切っていって。数を考えると長さはこの位かな」

「分かりました。お任せください」


 エルザがナイフを受け取って棒状の飴を切り分ける。

 元司祭ではあるがエルザは刃物の扱いに慣れており、指定された長さで素早く切り分けていく。

 形は少し長方形だ。


 青く澄んでいるので、これでも売り物になりそうなレベルだ。


「さて、魔導士の貴女にはこれをずっと横に回してほしいんだけど、出来る?」

「これを横へ? 簡単ですわ」


 アレクシアは大きめのボウルを受け取り、それを横へ回転させる。

 風の魔法だろうか。


 ラミザさんは回転するボウルへと、エルザが小さく切った飴を静かに入れていく。

 すると柔らかな飴はボウルの中を転がり、ゆっくりと形が丸へと変わっていった。


「こうやって丸めるんだ」

「他にも色々あるけどね。魔導士がいるならこれが一番手っ取り早いよ」

「凄いですね。見る見るうちに丸くなっていきます」

「そうだな」


 アレクシアとエルザが隣でボウルを深く覗き込むと、汗で張り付いた服のせいでいささか目に毒な光景が映る。


 飴はどんどん投入されていき、見る見るうちに飴玉へと変わっていった。

 ボウルの中身が増え続けていくと、アレクシアの顔が少し引きつる。


「丸くなったんだったら早くとって! 重くなって回すのが大変なの!」

「ちょっと待ってろ」


 アレクシアの言うことも分かる。

 重くなるほど魔力消費が激しいのは当然だ。


「底の方から取っていけば大丈夫だよ」

「底からね」


 大きなスプーンを使って飴玉を掬い取る。

 アズが丸い皿を持ってきてくれたので、そこへ飴玉が割れないように入れていく。


 全員で協力して型を使って棒状に加工し、それを小さく切り、丸めていく。

 今回に限ってはここは飴玉の工場だ。


 全てを加工する頃には、全員死屍累々の有様だった。

 前回よりも力仕事が多かった分疲れが酷い。

 だが精神的には晴々としていた。


 アズが飴を一つ掴み、明るくなった空へとかざす。

 青い飴玉は向こうが透けており、ガラス細工のような美しさがあった。


「完成しましたね」

「ああ。後はこれをどうやって食べさせるか……今は少し休もう」


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