第331話 不穏な気配

 気絶した人たちの近くで待つ。

 何とも妙な気分だ。


 しばらくするとフィンが戻ってきた。

 最終加工をしている場所が判明したようだ。


「こっちよ。思ったより近いわ」


 フィンの誘導で再び移動する。

 ここの人達は捕縛した状態で放置していくことになるが、室内は温かくしているし水もある。

 人がくるまでは我慢してくれ。


 フィンに案内されたのは少し大きな屋敷だった。

 廃教会からそれほど離れていない。


 この一帯そのものが麻薬に関係しているという訳か。

 カズサの命が狙われるのも分かる。

 知らないうちに危険なことに巻き込まれていたということだ。


 彼女も運がない。


 屋敷には先ほどとは違い、警備らしい男が二人立っていた。

 ここで騒ぎを起こせばすぐに人が来るに違いない。


「どうする? 押し入るか?」

「ちょっと落ち着きなさいよ。今回の件でアンタは前のめりになりすぎ」


 フィンから鳩尾に軽く肘を入れられた。

 確かに少し焦っていたかもしれない。


「だが、このままだと中には入れないぞ」

「私一人なら侵入も簡単なんだけど、ここはさっきより広いのよね。手分けした方が楽だわ。ちょうど外面がいいのが居るし、一芝居打たせたら?」


 視線の先にはエルザがいる。

 司祭服に防寒着のコートを着ており、確かにこの面子の中で一番相手が気を許すだろう。


 アズも油断を誘うことは出来るだろうが、エルザほど口が上手くない。


「あら、私の出番ですかー? あの人達の気を引けばいいんですよね?」

「そうだ、なるべく注意を引いてくれ。その後は……」

「私とアズが後ろから気絶させるわ。出来るわよね?」

「大丈夫です。やれます」

「あっそ。じゃあよろしく。アンタら二人は隠れて動くには図体がデカいから見張りね」


 アレクシアと顔を見合わせる。

 それほどではないと思うが、アズやフィンと比べると確かに物陰に隠れるのは苦手かもしれない。


「じゃあ行ってきますね。これお願いします」


 エルザからコートを預かる。いつもの赤い司祭服だ。

 黒いスカートに、首元のロザリオ。


 どこから見ても現職の司祭にしか見えない。


 エルザは気負わずに普段通りの様子で警備の男達のもとへ向かう。

 フィンはアズを連れて視界に入らない位置から近づいていく。


 アレクシアと共にその様子を見守る。

 ……肩に柔らかい感触が感じられた。


 それが何かはあえて考えないようにする。


 エルザが接触を開始した。


「こんにちは」

「……司祭が一体何をしに来た? 布教なら間に合ってる。さっさと消えろ」

「まあ! そんなことを言わないでください。神は常に生きる人々を見守っていますよ。祈りを捧げればそれが分かるはずです」


 警備の男は面倒そうな顔をして相方に視線を送る。


「なあ、俺達は仕事中なんだ。この屋敷に近づく怪しいやつを追い払う仕事だ。もちろん、アンタも含めて。か弱い女性、しかも司祭を相手に暴力を振るいたくはない。さっさと帰ってくれないか」


 相方はそう言って、剣の柄を指でコンコンと叩く。

 脅せば引き下がるだろう、という判断のようだ。


「優しいんですね。じゃあ、少しの間眠っていてください」


 エルザがそう告げると同時に、回り込んできたアズとフィンが警備の男達を後ろから殴って気絶させた。


 エルザは小さく拍手する。


「お見事。目撃者もいないし、成功だね二人とも」

「当然よ。鍵は……これだ。今扉を開けるから中に引っ張るわよ」

「せーの!」


 フィンが扉を開け、エルザとアズが気絶させた男達を引き摺り込む。

 それに合わせてアレクシアと共に侵入に成功した。


 こういう荒事に慣れているフィンが居るのは心強い。

 もしフィンが居なければかなり強引な手段を取らなければならず、失敗する可能性もずっと大きかっただろう。


 警備の男達の口と手足を縛り、適当な部屋に転がす。


「私は上から順に見ていく。あんた達はこの階をまず制圧して」

「分かった。あんまり遅かったら様子を見に行く。何かあったら大声で呼ぶ。これでいいか」

「ええ。じゃあね。トチるなよ」


 フィンはそうして音を立てずに階段を上っていった。

 あの身のこなしはアズでも出来ない。


 あちらは任せ、こっちに集中する。

 屋敷の中はどのドアも鍵がされておらず、一つ一つ開けて確認する。

 清掃は行き届いておらず、どこもかび臭い。


 部屋数が無駄に多い。それでも確認を進めていくと、麻袋が積まれた部屋に辿り着いた。


 大きな麻袋の中には小さな袋が詰め込まれている。

 皿にその袋を開けると、白い結晶がぎっちりと詰め込まれていた。


 間違いない。ポピーの実から精製される麻薬だ。

 これを砕き、混ぜ物をして嵩を増して売り物にするのがかつてカサッドがやられた時の売り方だった。


 ここでこれを処分すれば、今回の事件はほぼ解決する。

 だが、それだけでは対処療法でしかない。


 近いうちにまた同じことが起きる可能性を残す訳にはいかないのだ。

 それにこれは証拠にもなる。独断で処分するのはよそう。

 感情で動くな。商人なら利で動け。


「アレクシア、この袋を簡単に持ち出せないように出来るか?」

「燃やせって言いはじめたらどうしようかと思ったわ。こうしておけば大丈夫ですわね」


 そう言ってアレクシアは麻袋を囲うように氷を張る。

 分厚い氷だ。


 ヨハネでは道具を使っても穴をあける事すら出来ない。

 これならばよほどの戦士や魔導士がいなければ持ちだせないだろう。


「十分だ。後はここの連中も捕まえて、頭を潰せば……」

「この一件は解決する、ということですね。うん、あと少しかな」

「ようやくですわねぇ」

「頑張りましょう」


 最後に喋ったアズに返事をしようとしたとき、轟音が響く。

 あわててドアの外へ飛び出すと、扉が吹き飛ばされていた。


 扉があった辺りには巨漢の男と細身の男がおり、巨漢の男が足を地面に付ける。

 どうやら無理やり蹴破ったようだ。


「兄貴、あいつ等じゃないか?」

「そうみたいだな。さっさと片付けて報酬を貰うとしようか」


 どうやら彼らとは友好的な関係は築けなさそうだ。


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