第318話 出迎えてくれた家族のような存在
薬の入った袋を渡した後は用はないとばかりに領主の館から追い出された。
どうやらこれから王都の城へと薬を持っていくようだ。
それなら文句はない。
ラミザさんは店に戻って量産の準備を始めるということで、ここで別れた。
人件費はなんとかまけて貰えたが、材料費は全てヨハネ持ち出しとなる。
これは当然だ。
しかし第二王女殿下が関わるなら、国庫から経費としてその分を出してもらえないかなと思ったが難しいだろう。
そもそも要求を伝えることすら畏れ多い。
公爵令嬢であるアナティアもヨハネから見れば天上人ではあるが、貴族であっても王族ではない。向こうの態度も相まって交渉するぐらいのことは出来た。
しかし王族を同じように考えるのは危険だ。
以前貴族の息子と揉めて牢屋にぶち込まれたが、王族の機嫌を損ねればその程度では済むまい。
斬首もあり得る。それが出来る立場だ。
ヨハネは首を撫でる。
外の寒さと相まって何とも嫌な冷たさだ。
「後は向こう待ちです。今日は帰って休みましょう。何度か休憩はとりましたが疲労はとれてないでしょう?」
「そう……だな」
エルザの言う通りだった。
まだ解決したわけではないのに疲労困憊になっては後が困る。
むしろこれからが勝負だ。
体力は万全にしておかねばならない。
フィンが首を傾けてコキッといい音をさせている。
「賛成。ここ最近変装が続いて肩が凝ったわ。ここから先は変装しなくて良さそうだし、本来の仕事に集中させてもらうわよ」
フィンの本来の仕事。
アサシン……おっと、こういうと怒られるな。
裏で暗躍するということなのだろう。
「あいつ等の手足はもうないんじゃないのか?」
雇われていたパーティルガーという集団の先遣隊は、フィンが壊滅状態に追い込んだ。
本体も王国軍に尻尾を掴まれて今は動けないと聞いている。
「金で動く集団はあいつ等だけじゃないわ。格は落ちるけど別の組織を雇っていてもおかしくない」
「ふん、羨ましいかぎりだ。いや違うな。もしかしてつぎ込んだ金が惜しくて引き返せないのか」
「そういう雇い主は確かにいたわね。大抵は泡を食ったようにドツボにはまっていったけど」
ルーイドの財政状況は多少は把握している。
決して豊かな場所ではない。そして税もそれほどきつくはない場所だ。
そこでは権力者だの大商人だのといっても財産はしれている。
金惜しさにこの辺りで全てを諦めてくれていれば楽なのだが……。
商人は常に最悪の事態を想定するものだ。
十分な準備をして、ことに臨む。
「その辺は任せる。手に負えないなら合流しろよ」
「余計なお世話っていいたいけど、アズ達の実力は私も認めてる。そうさせて貰うわ」
家に到着すると、フィンはウィッグを外す。
黒い長髪が流れる様に下りた。
「そっちの方がやっぱり似合うな」
「褒められてもさ。この色は目立つから嫌なのよね。夜は重宝するけど。それじゃあ私は休ませてもらうわ。準備はこっちでやるから気にしなくていいわよ」
そう言ってフィンは引っ込んだ。
「お疲れさまでした」
「エルザ、お前もな」
エルザが防寒コートを脱がしてくれる。
それをコートハンガーに吊るす。
家の中は適度な気温に保たれていた。
アズとアレクシアが暖炉を使って温めてくれたのだろう。
衣服を少し緩めていると、足音が二つ聞こえてくる。
アズとアレクシアだ。
少し早歩きなのがきっとアズだろう。
予想通りドアを開けたのはアズだった。
後ろからアレクシアが続く。
「ご主人様。お帰りなさい!」
「おっと」
勢いをそのままに抱き着いてきた。
なんとか受け止める。少しふらついた。
奴隷商から買った時はもっと幼かったように思うが、アズも成長している。
月日が経つのは信じられないくらい早い。
暑いくらいの体温がまるで湯たんぽのように冷えた体を温めてくれる。
「慌て過ぎよ、アズ」
少し呆れたようにして、アレクシアも出迎えてくれた。
アレクシアはワンピースの上にカーディガンを羽織っていて、いつもに比べると落ち着いた格好だ。
両手にマグカップを持っており、湯気が見える。
「温まるわよ。ほら」
そのうちの一つを受け取る。
黒い液体が見える。
コーヒーかと思ったが、傾けるととろみがあるような気がした。
これはチョコレートだ。棚に隠しておいたのに。
「棚から出したな」
「ええ。自由に使っていいといったのはご主人様でしょ?」
抗議の含みを持たせてアレクシアを見ると、笑顔でそう言って返した。
確かに料理の練習をしてもいいとは言ったが、とっておきのチョコレートまで出すとは。
だが、こんな寒い日にはホットチョコレートは最適だ。
甘くて体を温めてくれる。それに栄養もある。
供給さえ安定すればうちの店でもすぐに売るのに中々手に入らない。
原材料の栽培も考えたいところだ。
エルザはホットチョコレートに顔を綻ばせている。
「そういえばクッキーが無くなっていたのですけど」
「あれか。食事の用意をするついでに持っていった」
「……そう、それでどうだったかしら?」
アレクシアは顔を背けつつ訪ねてきた。
珍しく髪をいじり、こっちをちょくちょくみる。
「甘すぎたな。でも美味しかったよ。甘さを抑えれば多くの人に口に合うだろう」
「そう。ふぅん。それならいいのだけど」
「本当ですか? ならよかったです」
本心だ。焼き加減はとても良かった。
まだ腰に引っ付いてるアズを引き離しつつ、あくびをこらえる。
「あっ、疲れてますよね。すぐに寝られるようにしてます」
「そうか、それは助かるな……」
ジェイコブとの話し合いは思ったより疲れたらしい。
今はベッドに倒れ込むようにして泥のように眠りたい。
「ここで寝ちゃダメです。こっちへ」
「わかってる。わかってる」
アズが手を引く。眠い。なのでそのまま任せた。
ドアを開けると、アズが言った通りベッドメイキングが終わっていた。
毛布がこっちに来いと誘っているようだ。
「あと少しです……きゃっ」
こらえきれずにアズの手を掴んだままベッドに倒れ込む。
必然、アズもベッドに倒れ込んだ。
何か言おうとしたが、口に出す前に意識が薄れる。
「あの、ご主人様? ――寝てる、よね。ならしばらくこのまま動けなくても仕方ないよね」
アズの顔は真っ赤になっていた。心臓は高鳴り、もし誰かが傍にいればその音が聞こえたかもしれない。
ヨハネが掴んでいる手を振りほどくことはなく、そのまま隣で並んで横になっていた。
「お疲れ様です。ゆっくりお休みなさい」
アズの声が聞こえた気がした。
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