第319話 嵐の前の休憩時間
カーテンの隙間からそそいでくる明かりに照らされて目が覚めた。
久しぶりにとてもよく寝た気がする。熟睡し過ぎて夢すら見なかった。
右腕の辺りが汗をかきそうなほどに温かい。
なんだろうと見てみると、アズが隣で寝息を立てて眠っていた。
右腕を枕のようにして抱き着いている。
温かいわけだ。
なぜだろうと昨日のことを思い出すが、家に帰ったあたりから朧げになっている。
チョコレートがアレクシアに使われたのは覚えているが……。
恐らくその後に眠気に負けてベッドに横になったのだろう。
アズが隣で眠っているのはその時に一緒に居たのだろうか?
このままでは体を起こせない。よく眠っているところで悪いが、目を覚ましてもらおう。
左手でアズの肩を揺すってみるが、ビクともしない。
右腕を握りしめる力が強くなった気がする。
「おーい、アズ。起きてくれ」
もう少し強く肩を揺すったところ、ようやくアズが目を覚ます。
寝起きの少しボーっとした顔でこっちをする。
そして深々と頭を下げた。
「おはようございますぅー」
何とも覇気がない。
まるで寝不足になった次の日の朝のようだ。
ぐっすり寝ていたように思うのだが。
「手を放してくれ。あと顔を洗ってこい」
「うーん……はい。そうします」
話しているうちに少しずつ目が覚めてきたのか、喋り方もハッキリしてくる。
右腕からアズの両手が離れて解放された。
アズの体温で温められていたが、冷たい空気が当たって一気に寒くなる。
冷たい夜はアズを湯たんぽ代わりにすると温かいかもしれないな。
アズがベッドから降りる。少しよれたインナー姿になっていた。
寝ているうちに暑くなったのか、服はベッドの下に落ちていて寒さでぶるっと震えていた。
いそいそと服を着て部屋から出ていった。
(何もなかったよな?)
全く記憶がない。
目線を下げて確認してみるが、服はほとんど乱れてない。
ベッドも特に荒れた形跡はなかった。
やれやれ、と息を吐く。
しょうもないことを頭から追い出して、着替えを出す。
昨日は汗も流さず寝ていたので少し気持ち悪い。
今は緊急のタスクもない。朝風呂の後は家事を一気に片付けてしまおう。
着替えとタオルを持って部屋から出て浴室へと向かう。
すると鼻をくすぐる匂いが台所から流れてくる。
誰かが料理の準備をしているのだろう。
(俺の分もあるのかな)
そんなことを考えて浴室のドアを開けると、そこには半裸のアレクシアがいた。
お湯で温められた肌は潤っているように見える。
下着だけ身に着けて、髪をふこうとしている途中だったようだ。
アレクシアは何か言おうと悩んだみたいだが、別にこうしたところで問題のない立場だったと思い至ったのか飲み込んだ。
「起きたの? ちょうど今出たところから中は暖かいわ」
「そうか。それは助かるな」
アレクシアはそう言って着替えを済ませる。
そしてタオルを差し出してきた。
「別に私の裸を見られても怒る立場じゃないけど。でも髪を乾かすぐらいは手伝ってくださる?」
「分かったよ」
魔法を使えば自分で乾かせるんじゃないか? と思ったが、女性の髪にかける執念は凄まじい。それは髪に使われる化粧品の売れ行きからも分かる。
緊急時ならともかく、普段は魔法を使わない方が髪にもいいのかもしれない。
タオルを受け取ってアレクシアの髪の水分をふき取る。
アレクシアの髪は火のように赤く、枝毛もなく滑らかだ。
マメに手入れをしている証拠だった。
髪をふいている間、アレクシアはじっとこっちに身を任せている。
あらかたふき終わると、アレクシアは右手で髪を梳く。
サラサラと髪が右手に沿って流れていった。
「うん。これでよし。手先が器用だけあって結構上手いのね」
「これに上手いも下手もあるのか?」
「さぁ? 脱いだ服はそこのカゴに入れて置いてちょうだい。あとで洗濯するわ」
「お前が?」
「……なによその顔は。何かおかしくて?」
アレクシアは一応だが元貴族令嬢だ。
戦いにおいては最初から素晴らしい能力を持っていたものの、家事は壊滅的で全て世話してやっていた。
今でこそ料理なども出来るようになってきたが、まさか自分から洗濯をするといい出すとは。
自分でもよく分からない感動が溢れてくる。
「いや、なら頼もうか」
「そもそも主人が奴隷の世話をしているのがおかしかったのよ。サポートしてくれるのは助かりますけど。三人で話し合って決めたの。家にいる間は色々と家事もしようって。寝てばかりでは逆に疲れますし」
アズ達に依頼を振ると必然的に家を空けることが多い。
帰ってきた後も疲れているだろうと色々と気を回していたが、少しお節介が過ぎたのかもしれないな。
体を多少動かす方がアレクシアにとっても良いらしい。
「いい心がけだ。そういうことなら楽させてもらう」
「ええ。お風呂に取り付けた魔石の魔力も十分だから、しっかり温まってくるといいわ。湯は抜かないでね。洗濯に使うから」
アレクシアはそう言ってドアを開けて出ていく。
だが閉める直前に足を引っかけてこけそうになっていた。
普段そんなドジをするような人間では無い。
どうやら平然そうに見えて少し動揺していたらしい。
火の魔石を使って風呂の湯を温め直し、熱々の風呂を楽しむ。
体の汚れと共に疲れが溶けだすようだ。
しばらくゆっくりと朝風呂を楽しみ、着替えに袖を通す。
十分な睡眠としっかりした入浴。
後は食事でエネルギーを補給すれば完璧だ。
アレクシアに言われた通り、脱いだ服をカゴに入れて台所へ向かう。
先ほどの匂いに加えてパンの焼ける少し甘い匂いも交じり、それだけで腹が減ってきた。
台所に到着すると、何かを焼く音と話し声が聞こえる。
「アレクシアちゃん、卵もベーコンも焼きすぎちゃダメよー」
「分かってますわよ!」
「パン、焼けましたー!」
バタバタとしているが、エルザが中心となって朝食の準備が進められていた。
フィンがテーブルの椅子に座ってそんな三人を眺めている。
向かいに座ると、視線だけこっちに向けてきた。
「おはよう」
「おはよ。元気そうなツラしてるわね」
「ああ。頭が久々に冴えわたってるよ」
「はん」
鼻で笑われた。
テーブルにはサラダが既に並べられている。
「もしかしてお前が作ったのか?」
「これは手伝わされたのよ」
いやそうな顔でフィンが言う。
あんまり聞くなという態度だった。
そうこうしているうちに朝食が出来たようだ。
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