第317話 失敗は許されなくなった
寒さに震えながら、三人を引き連れて領主の館を訪れる。
前回に引き続き、アポなしでの来訪となったが見張りの兵士は何も言わずに通してくれた。
どうやらジェイコブから指示が降りてきているようだ。
「顔パスってわけ? 大した身分ね」
「今回だけだ。普段ならアポを取って待たないととても会える身分じゃない。ただの小さな店を運営する一商人だ」
自分で言ってて悲しくなる。
それなりの都市であるカソッドの市政に影響を与えるには、最低でも商人ギルドの上位に名を連ねる位には売上高と経常益がなければ話にならない。
売上高が多いほど流通に対する影響力が強く、経常利益は納める税金に直結する。
つまりは無視できない存在となる訳だ。
ヨハネは若手ギルド員の中ではそれなりの立ち位置にいるものの、上位グループから見れば木っ端に等しい。
カソッドを牛耳る大商人達は、ヨハネが一年かけて稼ぐ金をわずか一日で稼ぐ。
だが最近はアズ達を使った冒険者事業が軌道に乗ったことにより、大きく数字を伸ばしている。
初期投資こそ大赤字だったものの、彼女たちは予想外の結果を何度も出してくれた。
金だけではない。ヨハネ一人では決して得られなかった繋がりを得ることもできた。
これは単純な金銭には代えられない価値がある。
たとえば今持っているアルサームの免税特権など、もし大商人に売れば一夜にして大金持ちになれるだろう。
代わりに信頼を失うので出来ないが。
アズ達が稼いだ金は、更なる投資に回す。
その金は必要な物資や装備の更新をしてもお釣りがくるほどだ。
その金で宿泊施設を買収した。
それに加えて土の精霊石の欠片を利用した農業への進出。
莫大な利益が手に入る既得権益にこそ手が出ないものの、確実に商人としての規模を大きくしている実感がある。
まだ着手したばかりで利益を生むのは程遠いが、今は種をまく段階だ。
全く問題ない。
どちらも大きな利益にはならないが、大きな損失もない。
勝てる商売だ。
フィンに返事をした後、歩きながらそんなことを考えているとジェイコブのいる部屋に到着した。
廊下は相変わらず冷え切っている。
石壁は頑丈ではあるが、冬に住む建物の素材には向かないな。
二度ドアをノックをすると、前回と同じく入室するように声がかかった。
「行くぞ」
小声で後ろの三人に向かって言うと、無言で頷いた。
一人で来た時はどうにも心許なかったが、今は頼りになる仲間が後ろにいることを心強く感じる。
小さく息を吐きだし、ドアを開けた。
中にはジェイコブと、騎士が二人いる。
二人のうち一人は見たことがある。
確かジェイコブの右腕だった男だ。
彼が徴税官と領主の兼任が決まり、カソッドに常駐した事で部下も付いて来たのだろう。
人望が厚い。
騎士がいることでフィンは少しだけ身構えたが、変装は完璧だし彼を襲撃に来たわけではない。余計なトラブルは今は避けたい。
フィンの眼前に右手を上げて制止する。
何やら話していたが、騎士二人は後ろに控えて両手を後ろで組む。
このままだと会話の内容を彼らに聞かれる事になる。
「こいつ等のことは気にするな。口も堅いし、信用できる部下だ」
「分かりました」
「思ったより早かったな……座れ」
頷き、座る。
ソファーは大きいので四人が座れるスペースがある。
「話していた物は用意できたのか?」
「はい。これです」
懐から袋を取り出す。
魔道具ではないが、貴重な魔物の胃を使って作られた特別な袋だ。
袋の中身の劣化を大幅に防ぐことが出来る。
それを机の上に置かれた皿に置く。
「これがポピーの実に対する特効薬、か」
「実証データこそ多く採れませんでしたが、効果があることは確認しました」
「元国家錬金術師ラミザ・モルテットが自ら調合した薬だ。間違いはあるまい」
ジェイコブの言葉にラミザさんは反応した。
彼女は本来はこの都市でぐうたら生活をしているような人物ではない。
王都でも認められた人物だ。
「昔の話です。私は結局誰も助けられなかった」
「……この都市に居続けるのはそれが理由か。まあいい」
ジェイコブは袋を取り出すと、封を解いて中身を摘む。
少しだけ青みのある粉末が彼の手に付着した。
「私は錬金術師でもなければ薬師でもない。この薬は一度王都の専門機関に送られる。麻薬に対する特効薬ともなれば大事だからな。その結果が出るまでは使用を禁じる。分かるな?」
結果が出るまでは早まった真似はするなと釘を刺された。
ラミザさんのお墨付きだけではやはり無理か。
ラミザさんがもし嘘をついていたら、ジェイコブの責任問題に発展してもおかしくない。
彼が慎重になるのも無理からぬことだった。
ルイ―ドの連中が廃教会からポピーの実を回収して数日が経過している。
早ければもう精製に着手しているだろう。
あまり時間の猶予はない。だが、従うほかない。
正規のルールを無視することもできるが、それは店を経営する人間としてはあまりにも無責任だ。
ヨハネの立場はもうヨハネだけのものではない。
路頭に迷えば従業員の未来も大きく変わり、アズ達もどうなるか分からない。
正しいルールの中で最適解を模索していかなければならない立場なのだ。
「そんな苦い顔をするな。この事案はすでに最優先で処理される事になっている。以前言ったが、麻薬に関しては非常に懸念している方がいるのだ。私がどうこうするよりもよほど早く結果が出るだろう」
「……誰なのか聞いても?」
王族とだけは聞いたが、以前はそれ以上は教えてくれなかった。
「第二王女殿下だ。ティアニス・デイアンクル王女殿下がこの件の最高責任者となった」
第二王女。
ヨハネはおろか、ジェイコブですら容易には会えぬ天上人。
そんな人物が関わるらしい。
大事になってしまった。
もしこれで下手を打てばどうなるのだろうか。
後悔は全くない。むしろ過去の雪辱を果たせると勢い勇んでこの場にいる。
アズをお使いに出しただけなのだが。
もしかしたらアズが一番トラブルに愛されているのではないかとふと思った。
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