第314話 フィンの献身
フィンが薬を飲み込んでちょうど十分が経過した。
砂時計の砂が落ちきる。
「体調はどうだ?」
「特に問題はないわ。しいて言えば苦かったこと位かな」
そう言ってコップに入った水を飲み干す。
「うん、自覚症状もなし。見て分かる変化もない。薬自体に害はないね」
「後々悪影響などは?」
「それも大丈夫。伊達に長年錬金術師やってないからさ」
エルザの問いにラミザさんは自信がありそうに胸を張って答えた。
「それなら構いません」
「そうならない様にこれだけ実験を重ねたからね。一日でよく終わったわ。次は実際にポピーの実を摂取しても大丈夫かどうかなんだけど。本当にいい?」
ポピーの実から精製した麻薬。その副作用は強力だ。
もし先ほど完成した薬が思ったような効果を発揮しなかった場合はフィンはその副作用に苦しめられることになる。
それはフィンの仕事どころか人生にすら影響があるかもしれない。
ここで断ったとしても誰も責めることは出来ない。
だが、フィンはバカバカしいとでも言うように鼻を鳴らす。
「ここまできて止めますなんていう訳ないでしょ。さっさとして」
「分かった。副作用が出ても必ず治すから」
「……ふん。そうしてよね」
ラミザさんが差し出した粉末の入った小さな木鉢を、フィンは奪うようにして受け取る。
そしてゆっくりと口へと近づける。
「一度に摂取すると中毒症状が起きる可能性があるから、少しずつ時間をかけて飲み込んで」
フィンは頷くことで返事をして、ゆっくりと服薬する。
途中で水を飲み、時間をかけて木鉢に入れられた粉末を全てのみ込んだ。
「喉に引っかかって最悪だわ。こんなのをわざわざ欲しがるやつの気が知れない」
「それが恐ろしいところだから。欲しいと思うんじゃなくて欲しいと思わされる。そして一瞬の快楽は服用するほど弱くなって苦痛の方が大きくなってまた欲しくなる。文字通り悪魔の薬だよ」
「悪魔の薬、ね。ふん。大したことないわ」
大事をとってフィンを椅子に座らせる。
「効果を早めるために吸収されやすいように作ったから、何か起きるならそろそろだよ」
ラミザさんの説明を聞き、ヨハネを含め全員がフィンを見る。
見られたフィンは珍しくたじろいだ。
毛布で体を隠して身を縮める。
「そんな見ないでよ。なんか恥ずかしいから」
「そうはいうが、何かあったら大変だろう」
「ないっての。あんたが信用する位の相手なんでしょ。この女は」
「ああ。間違いなく凄腕の錬金術師だ」
「なら大丈夫よ」
フィンは言い切った。
「おやおや、ずいぶんと信用されてるじゃないか。でも凄腕かぁ。照れる」
「なんだかんだと付き合いが長いからか……」
「ふふ。微笑ましいですねー」
しばらく待ってみても、フィンの様子に変化はない。
ただ、少し顔が赤い気がする。
ヨハネは右手をフィンの額に当てた。
「ちょっと、なにすんの」
「顔が少し赤い気がする。何か症状が出たんじゃないか?」
「だ、大丈夫よ。毛布を被ってたから暑いだけ」
フィンはそう言って視線を外してかぶっていた毛布を脱ぐ。
ヨハネはしばらくフィンの顔色を見ていたものの、問題はなさそうだった。
「成功、か?」
「まだだよ。ここから問診と触診するから、君は出ていってね」
ラミザさんはそう言って立たせてきて、ぐいぐいと背中を押す。
触診ということは服を脱がすのだろう。
確かにそれならここに居る訳にはいかない。
言われた通り店の方へと移動して、渡された毛布で寒さをしのぎながら待つことにした。
座って毛布をかぶり、うつらうつらと眠りそうになる頃。
エルザがドアを開けて向かいに来た。
「もう入っても大丈夫です。フィンちゃんも着替えてますから」
「そうか。いい加減腹も減ったし、飯にしたいな」
「ですね。私もお腹ペコペコです」
部屋に戻るとエルザの言う通り別の服に着替えたフィンと、倒れる様にして眠っているラミザさんがいた。
「戻ってきたわね。別に裸を見られても気にしないけど」
「ラミザさんは?」
「問題ないのを確認して寝るっていったらああなったわ。あれだけ長時間寝てないんだから当然ではあるけど」
「多分薬で無理やり眠気を消してたんだろう。効果が切れて気絶したんだと思う」
「なるほどねー」
フィンはそう言って足を組む。
いつもと様子は変わらないが、さすがに疲れが見える。
タフなフィンと言えども、満足な休息が必要だろう。
エルザやヨハネも同じだ。
「飯を作ってくる。腹減ってるだろう」
「ん。そうね、結構減ったかも」
「私手伝いますよー」
「すぐ用意してもってくる。待っててくれ」
「用意するって言うんなら任せるわ。牛乳もよろしく」
「分かった」
フィンはひらひらと手を振って見送ってくれた。
エルザを連れて一度自宅に戻り、台所を物色する。
さっさと食べて寝たいだろうからあまり手間暇をかけず、すぐ食べれるものがいい。
まず鍋に水を入れて火の魔石で温める。
アレクシアはちゃんと魔力を補充してくれていたようだ。強い火力でお湯を沸かせることが出来た。
塩とベーコンに、乾燥させた野菜と薄く切った芋を鍋に入れる。
「エルザはパンをカットしてくれ。こっちは野菜と肉を切る」
「はーい」
買い置きの少しだけ固くなったパンをエルザに任せ、中に挟む具材を用意する。
買い物をしておいてよかった。四人分となるとそれなりの量だが貧相にならずに済んだ。
「出来ました」
「よし、挟んで半分に切って完成だ」
「ソースは作り置きのこれですね。これ濃くて好きですよ」
「ちょっとマスタードを足しておくか」
二人で協力すれば早い。
バスケットに出来た料理を詰めこむ。
鍋はそのまま持っていけばいいだろう。エルザならこの程度の重さは平気だ。
「よし、戻るぞ」
「これも持っていきません?」
エルザが一つの皿を指さす。
言われるまで気付かなかったが、皿の上にはたくさんの焼き菓子が並べられていた。
アズとアレクシアが試作品を作ったようだ。
一枚摘まんで食べてみる。
少し甘すぎるがよく焼けていた。
「甘い。今は甘いものも必要だろう」
「ほんとだ。甘いですねー。これなら元気になりますよ」
「そうだといいが」
焼き菓子の皿もバスケットに詰め込んで再び家を出る。
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