第312話 行動開始だ!

 必要最低限の許可を取ったことで肩から力が抜ける。

 だがまだ気を抜くわけにはいかない。


 作った後にこれはダメだと言われる可能性だってある。


 この部屋に入るまでは寒さで震えていたのに、今は手汗が滲んでくるほどに暑い。


 喉が渇かないようにもう一度ホットワインを口に含み、飲み込む。

 甘く、そしてシナモンの強い香りが少しだけリラックスさせてくれた。


 一息ついたのを見計らってか、ジェイコブが口を開く。


「王国のポピーの実、あるいは麻薬に対する法は熟知しているか?」

「もちろん」

「まあ言ってしまえば原料となる指定された植物を国の許可を得ず作るな、持つな、運ぶな、加工するな、売買するな、だ」

「そうですね。要約するとそんな感じです」


 ジェイコブの要約に賛同する。細かなことを言うともっと沢山あるのだが、分かりやすくすればああいう言い方になる。


 ちなみにラミザさんは国家に認められた正式な錬金術師なのでポピーの実の加工許可は持っている。栽培許可や運搬許可は持っていない。


 全て別で取り扱われている。


 薬剤についての前科があると錬金術師にはなれず、もし薬剤に関する罪を犯せば資格を剥奪される。

 だから野良錬金術師なんて存在もいると聞いたことがある。

 今思えば無茶なお願いだった。よく引き受けてくれたものだ。


 何故ポピーの実を始めとした麻薬になる植物がすべて禁止されてないかといえば、薬として手放すには惜しい効能があるからだ。

 痛み止めや麻酔が主だが、他に疾病に対する薬にも使われている。


 疾病にかかるものは多くはないが、それなりの規模の都市になると避けては通れない。傍目には問題なさそうに見えても、本人は苦しんでいたりと症状も様々と聞く。

 店にもそういった薬をいくつか置いており、それなりに売れている。


 聖職者が使う癒しの奇跡は肉体的に作用するものが多く、精神的な回復をもたらす力はない。

 司祭クラスならば気持ちを落ち着けたり、魔物から受けた精神的な攻撃を防ぐことは出来るのだが、これもその場での応急処置のようなものだ。


 王国という大陸でも有数の巨大な国家を維持するためには必要なこと、なのだろう。


「お前の店には販売許可は出ているか?」

「薬だけ販売できる許可を持っています」

「そうか。……食べ物を配るかどうかは先ほども言ったように現物を見てからだが、その際は金を受け取らずに配布しろ。つまり商品ではなく炊き出しのような形でやれ。金が少しでも絡めば、この件は絶対に私より上は許可を出さない。もっと言えば王族のあるお方が必ず止める」

「金、ですか。いえ、分かりました。そうします」

「ある意味良かったのかもしれんな。お前の言う連中が麻薬をばら撒いた後にもし色々と判明すれば、前回の比ではない程の血の雨が降るだろう。巻き添えも考えればルーイドという都市が消えかねん」


 そう言うと、ジェイコブは大きく息を吐いた。

 ほぼため息だろう。彼は彼で苦労があるらしい。


 ルーイドは小さいとはいえ都市だ。人口は千人を超える。

 その都市がどうにかなるほどの騒動と考えれば自体は思ったよりも大きい。


 王族の人間はパレードなどで遠くから見かけたことがあるだけで、人となりも一切分からない。

 噂が流れてくることもあるが所詮噂だ。


 国王と王妃、それに子供が三人。


 どうやらその中に以前の麻薬騒動で相当お冠になった王族がいるらしい。

 もしアズやカズサがポピーの実を見つけることもなく、そのまま事態が進めばどうなっていたのだろう。


 これも運命か。


「この話は極力外では漏らすな。我々も協力できる部分はしよう。なるべくスムーズに、話を大きくすることなく終わらせられれば、それに越したことはない」

「同感です」


 今回のことを未然に防げたなら、かつて何もできなかった後悔を少しでも埋められるかもしれない。

 それがヨハネなりの復讐とでもいうべき目標だった。


 アズ達がいなければその機会がなかったと思うと、つくづく幸運の女神か何かだと思う。

 気恥ずかしくて決して本人達には言わないが。


 大まかな話も終わり、コップも空になった。

 世間話をする仲でもない。

 ジェイコブに頭を下げて立ち上がる。


「では失礼します」

「ああ。この都市はずいぶんと冷えるな。かなわん」

「今年は特に寒いですよ」


 ドアを開けて部屋を出る。

 時間が惜しい。


 早歩きで出口へと向かった。


 ラミザさんの店に戻ると、フィンとエルザがクタクタになって突っ伏していた。

 どうやらこき使われたらしい。


 本人が一番働くから文句は言えないのだが、ラミザさんは人使いがとても荒いのだ。


「遅いわよあんた……鼻が曲がりそう」

「さすがに疲れました」


 突っ伏したまま出迎えてくれた。


「後は任せて休んでろ。ここからは俺が手伝う」

「当たり前でしょ、ばか。私はちょっと寝るわ」

「私もそうしますねー。ぐぅ」


 二人の寝息が聞こえてきた。


 それと同時にラミザさんが奥から両手に料理用バットをいくつも重ねて持ってくる。

 中にはすり潰した色々な素材が水分を抜かれて粉になって用意されていた。

 どうやら大まかな作業は終了したようだ。


「さて、これで準備は完了だね。ヨハネ君、首尾はどう?」

「製造許可はとれた。そこからは完成品を見せてからという話だ」

「まあ妥当だね。いやぁあやうくご禁制のもので密造するところだったよ」


 そう言って大きく笑う。

 笑い事ではないが持ち込んだヨハネが言えたことではない。


「今回問題になるのは、ポピーの実の効能よりも依存性の部分。多少気持ちよくなる程度じゃ常用性を持つまでには至らないから。平たく言えば今回作った薬を摂取すれば麻薬を医療用麻薬に転換できるようにするってこと」

「改めて言葉にすると難しいな。そんなこと出来るのか?」

「ポピーの実そのものを医療用に加工するのは出来なくはないんだけど、麻薬として摂取した場合の予防薬だからねー。簡単じゃない。でも出来るよ。自然には面白いことに対になる毒性がある。化学反応っていう……ああいいや」


 ラミザさんは机の上へ前のめりになってこっちに説明しようとしたが、途中でやめた。分からないと思ったのだろう。否定はしない。

 大きな胸がローブで圧迫されて形が変わる。凄い迫力だった。


「今からやるのは、どの組み合わせでそれが起こるかを調べること。この特製の魔道具で判別できるから、毒見もしなくていいよ。本当はこういう仕事は長い時間をかけてやるんだけど、そんな時間もないよねぇ。急いでやるからヨハネ君も寝ずに頑張って」

「分かった。無茶を言ったのは俺だ。それ位はやる」


 調合そのものは素人の出番はない。

 僅かな量のポピーの実を天秤の形をした魔道具の片方に載せ、もう片方に調合した薬剤を置く。

 詳しいことは分からないが、正解の組み合わせだと天秤が釣り合うらしい。


 ヨハネの役割は記録と準備だ。


 凄まじいペースで実験し、実証するラミザさんの手が止まらないように準備する。


 ただそれをひたすら繰り返した。


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