第311話 領主に直談判
体に付着しないように、鼻まで覆うマスクを着け、腕の付け根まである手袋を装着する。
そして見たこともない実や薬草をひたすら薬研や鉢を使ってすり潰していく。
「とにかく細かくね。少しでも形が残ってると染み出す成分が変わるから」
「分かってる」
これは見た目以上に力仕事だ。
しかも量が多い。
いい出した手前弱音を吐く訳にもいかず、ひたすら積まれた素材を処理していく。
「うん、仕事も丁寧だし遅くもない。及第点だ」
「仕事を評価してるんじゃない。そっちはどうなんですか」
ラミザさんに問いかけた。
とはいえ彼女の腕はもう分かっている。
今ある仕事を終わらせたのか椅子に座りながら、足を別の椅子に引っ掛けている。
「とっくに終わらせて私は君たちの仕事待ちだからね。二人きりだから一応聞いておくけど」
「なんです?」
この寒い中暖房もないのに額から汗がにじみ出る。
その汗が素材に落ちないように気を付けながら反応した。
「確認するよ。これ、ちゃんとどうにかなるんだよね? やったはいいけどご禁制に手を出したから牢屋に入れられるとかないよねぇ?」
「……」
「えっ、無言はやめてよ。あの新しい領主様とは多少話が出来るんでしょ」
「実はまだなんだ。ちょっとゴタゴタして」
「はぁ〜。作業もきりがよさそうだし、ちょっとひとっ走り行って話し通してきて。さすがに後からダメって言われたら終わりだから」
そう言われては反論できない。
スピード重視で進めてきたが、これは避けては通れない。
「分かった。ちょっと行ってくる」
「はいはい。くれぐれも上手く言うんだよ」
以前領主の息子を相手に啖呵を切り、牢屋にぶち込まれたのはラミザさんも知るところだ。
そうはならないようにしろ、と釘を刺された。
苦労して手袋を脱ぎ、マスクを外す。
草の生々しい匂いが鼻孔に広がり、少し気分が悪くなった。
外に出ると暑かった体が一気に冷え込む。
汗は一瞬で引いてしまった。
「ちゃんと閉めといて。気温が変わるとよくないからー」
後ろで聞こえた声に従って扉を閉める。
両手で頬を叩き、気合を入れなおす。
ある意味一番の正念場だ。
領主の館に向かう。
ここからはそう遠くない。
が、それだけの距離を移動しただけで足先まで冷え込むこの寒さはこたえる。
見張りの兵士は見張り小屋に引っ込んで、中で火に当たっていた。
羨ましい。
「あの、領主様に会いたいんですが」
「誰だ?」
見張り小屋へ声を掛けると、中から兵士が出てきた。
見覚えがある。確かフィンが捕縛した連中を捕らえに行く時にいた一人だ。
どうやら今日の見張り番らしい。
目を合わせても何の反応もない。
残念ながら向こうはこっちを覚えていなかった。
「領主様にお会いしたいんです。道具屋ヨハネが会いたいと伝えてもらえませんか」
「道具屋……? 商人が領主様に何の用だ」
「急ぎのようなんです。以前あった捕縛騒ぎに関わることでして」
嘘ではない。
「なぜそのことを……あっ」
どうやらようやく思い出してもらえたようだ。
「そういうことなら聞いてみよう。聞くだけだが」
「ええ、お願いします」
兵士は居なくなる。
待っている間見張り小屋に入れてもらえなかった。
なるべく身を縮めて寒さをしのぐ。
しばらく待った後、兵士が出てきた。
助かった……。凍死するかと思ったぞ。
「中に入れ。話を聞くそうだ」
「分かりました」
見張り小屋に戻る兵士を尻目に中に入る。
領主の館に入るのは久しぶりだ。
最初に入った時は牢屋に入れられたのでいい思い出はない。
嫌な事を思い出してしまった。
領主の館の廊下は無駄に長い。風こそ吹き込まないが芯まで冷え込んでいる。
足元から凍えるようだ。
アズ達に渡した耐冷のアクセサリー、自分用にも一応買っておいたのだが持ってくればよかった。
寒さに震えながら奥へと向かう。
道中誰ともすれ違わなかった。
皆部屋に引っ込んでいるのだろう。
領主の部屋に到着する。
立派なドアを二度ノックすると、入れと声が聞こえてきた。
ドアを開けると温かい空気がヨハネの体を包むように部屋から漏れだす。
気温差で全身がピリピリした。
後でよく揉み解さなければ。エルザかアレクシアにでも頼もう。
「お前はトラブルの星の元にでも生まれたのか? それとも自分から首を突っ込んでいるのか」
中にいたジェイコブはソファーに陣取っていた。
開幕からずいぶんな挨拶だが、否定しづらい。
「まぁいい。座れ、道具屋」
対面のソファーに腰を落ち着ける。
ジェイコブと対面すると、彼の体がより大きく見えた。
以前話した時に彼の実直な性格は把握している。
徴税官でもある彼に媚びへつらいは通用しないので、言葉を選びつつ正直に伝えた方がいい結果を得られるだろう。
「飲め。アルコールは飛ばしている」
そういって大きなポッドから銀のカップにホットワインが注がれた。
蜂蜜が入れられ、混ぜるためのスプーン代わりにシナモンスティックが入れられている。
シナモンは王国の南側、暖かい気候の場所で手に入る。
名産らしい名産がない王国の中では人気がある特産品だ。
冬でも安く手に入る。
銀のカップはワインで温められており、寒さで上手く動かない両手をほぐしてくれる。
口に含むと喉を通る感触まで分かるほどにありがたい。
「言っておくがあの連中のことは何も教えられんぞ。支障が出るからな」
「聞くつもりもありません。関係はしていますが別件です」
「ほう」
ホットワインのおかげで喉も潤い、体も温まってきた。
ここからが勝負だ。
「彼らは麻薬を王国にばらまいて売るつもりだったようです」
「……押収した資料にはそんな記載はなかったが。偶然居合わせたのは嘘だろうと思ったが」
「捕まえたのは邪魔を排除する実働部隊です。貴重な情報はもっていません」
「続けろ」
ジェイコブはしかめっ面のままこっちを見る。
強面だ。本当に顔が怖い。
だが、怯むわけにはいかない。
「誰がやろうとしているかは見当はついていますが、証拠はありません。なので――」
「お前は王国は信用していないのか?」
途中で打ち切られた。
何かマズかったか。
「そうではありません。もちろん信用しています。ですが急がないといけないんです。昔このカサッドを襲った麻薬事件をご存知ですか?」
「むっ」
「一度麻薬がばら撒かれれば被害者は爆発的に増えます。対処が遅れるほどそれは顕著になる」
「言いたいことは分かる。ではお前は道具屋の身分で何をしようというんだ」
「黒幕を引っ張れないなら麻薬を無毒化する食べ物を配ります。だからポピーの実を使ってそれを作るのを許可して欲しいんです」
必要なことは言い切った。
ジェイコブは両腕を組み考え込んでいる。
「すぐに兵は動かせない。お前達のおかげでな」
フィンが戦った裏組織を潰す為に動いていると言いたいのだろう。
「完成品をもってもう一度来い。話はそれからだ」
作る許可が下りた。
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