第299話 フィン、動く
簡単なお使いを頼んだアズが帰ってきた。
すぐに戻らず一日経過したのは、向こうで話が弾んで泊まりになったのだろうと思っていたのだが。
なぜか少女と少年を連れて戻ってきた。
この少女が手形を渡す相手のカズサで、少年がその弟のレイとのことだった。
簡単に挨拶を済ませて、直前まで話をしていたフィンを同席させ詳しい話を聞く。
わざわざ席を外すこともないだろう。
話を聞いたところ、廃教会を借りて寝床にしていたところ地上げ屋がくるようになり、拒否を繰り返していたところアズが来た日の夜に侵入者があらわれたという。
身の安全も考えてアズはこの二人を連れてきたとのことだった。
ここまでなら、それなりにある話だ。
土地は上手くやれば金になる。強引な手段に出るものもいなくはない。
衛星都市ルーイドのような、あまり発展しない都市では珍しい話だが。
リスクとリターンが合わない。
問題はその後に聞いた続きの話だ。
侵入者を撃退した後、壊れた床下から麻袋を見つけて中身を開けたところ、妙なものが出てきたという。
そしてそれを一袋持ってきたと。
「……ごめんなさい。勝手な事をしました」
「事後承諾で謝られてもな。で、中身は何だったんだ?」
過ぎたことを言っても銅貨一枚稼げやしない。それに自分から行動すること自体は悪いことではない。
それよりも廃教会の床下にあったというものの方が気になる。
一体何が入っていたのか。わざわざ持ってきたということは何か変わったものに違いない。
アズが麻袋を持ち上げて机の上に置き、口を広げた。
中身を一つ摘まみ、持ち上げる。
見た瞬間分かった。乾燥したポピーの実だ。
それもわざわざ未熟な状態で収穫し成長を止めている。
こんな事をする理由は一つしかない。
成熟すると成分が変わってしまうからだ。
成分が変わると、あるものが作れなくなる。
「これはなんでしょうか?」
アズが尋ねてくる。
後ろにいるカズサやレイも分からないようだ。
いや、当然か。子供が知っているはずがないし、知っていてはいけない。
フィンは知っている素振りだった。
「これはポピーの実だ。わざわざ成熟前に収穫した、な」
「ポピーの実、ですか。これは何か特別な果実なのですか?」
「……これの種子は特別でも何でもない。料理にも入っていたりする。栄養もあるぞ。だが、この実に関しては別だ。そもそも許可を得た農園や農場以外での栽培を王国は禁止している。流通も一切していない」
ポピーの実を鼻に近づけ、匂いを嗅ぐ。
苦みを感じさせる香りで、えぐみを感じる。
商品として取り扱ったことはないが、実物は見たことがある。
乾燥してはいるが、同じ匂いだ。
「なぜ禁止されているのか。簡単だ。薬の原料になるこの実から採れる果汁が問題だ。これは乾燥しているから丸ごとすり潰した粉末になるだろうが……」
「薬、ですか?」
薬と言ったからか、アズが意外そうな顔をする。
薬というのは間違いではない。痛み止めにも使われるのは確かだからだ。
だがそれは調合により毒性を消し、成分を調整することで初めて薬になる。
それをせずに服用した場合、これは人間を壊してしまう。
その状態のものは麻薬と呼ばれ、忌避されている。
このカソッドでも、以前一度ならず者たちにより裏で流通したことがあった。
「もしこの実を人間が一つ食べれば、運が良ければ廃人。悪ければ死ぬ。たちが悪いのは中毒性があることだ。薄めて一度服用すれば幻覚や多幸感、幻聴が起こる。それが切れると反動で酷い苦痛を味わうことになる。だからまた欲しくなるという繰り返しだ」
「それは毒じゃ……」
「そうだ。強い痛み止めになるが、その際にはこの毒を抜く。そうしないと中毒症状になり、これを手に入れるために何でもする人間が出てくるからな」
「やけに詳しいじゃない。まるで中毒者を見てきたみたいに言うのね」
机に腰かけて話を聞いていたフィンが口を開く。
喋りすぎた。
フィンの言う通り、ヨハネは麻薬の犠牲になった人物を見ている。
それも、最期を看取った位に親しい間柄だった。
「縁があってな。少しだけ詳しいんだ。で、これが幾つあったんだ?」
「見た限り十袋はあったと思います」
「十は多いわね。そりゃあ一日でも早く欲しくて暗殺者を雇う訳だわ。そいつ等にとっては金塊も同然だろうし」
「金塊? そんなに高いの、それ?」
「中毒者は何をしてでも欲しがる。つまりなりふり構わず金を集めてでも買うということだ。それは繰り返し摂取するほどひどくなり、体もボロボロになる」
カズサの問いに対して答えを述べる。
麻薬は金になる。その代わりに人間の尊厳を奪う。
そんなものが廃教会の床下にあるとは、なんとも罰当たりな話だ。
大方何とか手に入れたポピーの実を役人の目から逃れるため、無人の教会にでも隠したところそこの姉弟が住み始めて焦ったのだろう。
そしてアズは襲撃者を撃退し、全員で逃げ出した。
このポピーの実が入った袋を持って。
「なぁ、フィン。これは確実に来るよな?」
「よっぽど抜けてなければそりゃ来るわよ」
来る、というのは襲撃の事だ。
アズ達がこれを知った事は相手に露見しているだろう。
それから、中身の入った袋を持っていった。
この事をジェイコブ辺りに知らせれば、瞬く間にその廃教会の調査が始まる。
そうなればその地上げ屋は終わりだ。
口を塞ぐのにもう躊躇はしないだろう。
フィンがアズの方に顔を向ける。
「ねぇ、襲ってきた奴はどんなのだった?」
「顔は見えなかったんですが、身長はごしゅ……ヨハネさん位はありました。後、フィンさんと戦っている感じがしましたよ。フィンさんよりは弱かったですが」
「当たり前でしょ。私より強いアサシンなんて数えるほどしかいないっての。まぁ今王国に居てチンピラに雇われてるような奴なんて下の下か。帝国での派閥争いで負けた連中の一人でしょ」
そう言ってフィンが机から降りる。
「その二人はしばらく外に出さない方がいいわ。隠れ家があるならそこに押し込んどきなさい。アズとヨハネ。あんた達も迂闊には出歩かないでよ」
「どうするつもりだ?」
「下の下が相手でもアサシン相手に守りに入るのは面倒極まりないの。だからアンタがどうするにしろ、動きやすいように掃除して来るわ」
「大丈夫なのか? 以前怪我をしてたし……」
「心配してくれんの? 余計なお世話ね。あの傷だって、痛み分けだったっての」
フィンはそう言うと、窓から出ていった。
具体的な事は聞けなかったが、どうやら手助けをしてくれるようだ。
「さて、カズサだったか。アズが世話になったようだな」
「あ、いえ。私こそ色々とお世話になりました」
互いに頭を下げる。
手形を受け取らなかったことも聞いた。
潔癖だとは思うが、その気概は嫌いではない。
「金貨五百枚の代わりに、この件は解決しよう。この都市に住むなら色々と手助けもする。とりあえず今は身の安全が最優先だ。用意した場所でしばらく身を潜めてもらうがいいな?」
「いいんですか? 押しかけて来たようなものなのに」
「アズの友達なんだろう? 見殺しにはしない」
この方がアズからの信頼を得られるという打算もある。
だが、それ以上に周囲でポピーの実に関わって犠牲が出るのを見たくなかった。
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