第300話 アサシンVSアサシン

 フィンはヨハネの部屋から出ると、物音一つ立てず地面に着地する。

 もし近くに人がいても、そこに降りたことなど気付かぬだろう。


 周囲を見渡し、誰も見ていないことを確認してさっと変装をした。

 服装は年頃の娘らしく、カジュアルなものを。


 特徴的な黒い髪は特殊な粉末で茶色く染め、髪型を七三分けにする。

 最後に浮いてしまった黒い靴を履き替えると、あっという間に別人になってしまった。


 もしアズやヨハネ達が道端ですれ違っても、フィンだとは分からないに違いない。


「いや、あいつは目敏いからこの程度の変装なら分かるかも」


 商人というだけあって、見て来たかぎりヨハネの鑑定眼は確かだ。

 特に片眼鏡をつけている時は集中力が凄まじい。


 念入りに変装すれば別だが、簡易的な変装なら見破る可能性はある。

 今度試してみよう。もし分からなければからかってやればいい。


 最初は良い金蔓だと思っていたが、ある程度信用してもいいと思えるようになった。

 組む相手としては最適だ。

 何より、年下だという理由でフィンを侮らない。


 きちんとフィンの実力を認めて、それにふさわしい待遇を用意する。

 このような取引相手は今まで居なかった。


 エルザ曰く聖人のように甘いと言っていたのを聞いた事があるが同感だ。

 いつか足元を掬われる日が来るだろう。


 だが、フィンがいればその限りではない。

 しばらくは付き合ってやろう。そう思っている。


「しかし、あの子もなんというか不幸体質なの?」


 独り言を呟く。聞いているものは誰もいない。

 アズ。冒険者をやるために買われた奴隷の少女。

 最初に会った時は泣き顔が似合う位おどおどした少女だった。

 だが冒険者としての経験を経て、多少は戦士らしく良い顔をするようになった。


 それとは別に、なんというか良くも悪くも引きが良い。

 もはやトラブルに好かれているといってもいいほどだ。


 多少鍛えてやったので今回は無事に済んだようだし、もっとしごいた方がいいかなと思いつつ街道を歩く。

 一般的な少女に擬態し、周囲をそれとなく確認しながら移動する。


 アズの情報からでは同業者であるアサシンギルドの一員だろう。

 それ以外は大したことは分からなかった。

 なので状況から考える必要がある。


 アズに言った通り、侵入者は下の下に間違いない。

 そもそも、今名のあるアサシンは殆ど帝国に出払っている。

 帝国の権力争いが大きくなり、それに伴って裏の勢力争いが激化したからだ。


 フィンは残念ながら属している派閥が立ち回りを誤り、その争いからは手を引くことになってしまったが。

 付く相手を間違うとこうなるという教訓にはなった。

 追手を始末する際に大怪我を負ったが、ヨハネに貰ったポーションで傷一つない。


 力のない派閥や勢力はそもそも関わっていない。


 つまり、今王国で遭遇する同業は良くて二流。悪ければ三流以下となる。

 対人経験の薄いアズを相手に仕留めきれず、あげく逃げ出すのがその証拠だ。


 そして、その程度の相手ならばフィンにとってはただの獲物に過ぎない。


(居た)


 街道を歩いていると、同業を見つける。

 向こうはこっちに気付いていない。

 最低限の変装だ。歩き方も一般人のものではない。


(やっぱり追ってきたかな。少し泳がせて色々と確認させてもらうわよ)


 同業とゆっくりとすれ違う。

 その後路地に移動し、再び違う姿に変装して路地から出ると、早速後ろをつける。

 どうやら人を探しているようだ。


 間違いなくアズとあの姉弟だろう。

 こうなることを見越して表に顔を出すなと言っておいた甲斐があった。


 同業者はしばらく歩き回った後、人の少ない方へと移動する。

 フィンはそのまま追う。

 カソッドの南側。今は市政の手が入りスラム街ではなくなりつつあるが、人の少なさは健在だ。


 さすがにこのまま尾行すると逆に目立つ。

 変装を解き、いつもの黒い髪に黒い衣装に戻したら身を隠してどこに向かうのかを確認する。


 やがて酒場に辿り着き、中に入っていった。

 店の看板は準備中と書いてある。


 しばらく死角で身を潜めて眺めていると、他にも何人かが酒場に入っていった。

 全てアサシンだ。間違いない。


 どうやらあの酒場が彼らのカソッドにおける根城のようだ。

 後は裏取りする必要がある。


 襲撃した後で間違いだったとなると、単純に二度手間だ。

 じっと夜になるのを待つ。


 黒い髪に黒い服は、暗闇に包まれてからが本領を発揮する。

 しかし好きでそうなった訳ではないので、他人からアサシンと言われると良い気分はしない。


 夜目が利く事に加えて、片目をずっと閉じて暗闇にならしておいた。

 足元すら見えない程の暗さでも問題なく行動できる。


 酒場は変わらず準備中だが、人の気配は感じ取れる。

 窓も入口も施錠されていたので、一番西側の窓をくり抜いて中に潜入する。


 予想通り倉庫だ。

 足音を立てずに移動し、ドアをゆっくりと開ける。

 すると、誰かがこっちに歩いてきてくれた。


 ドアから手を放し、ゆっくりと身を引く。


 男が一人。


「ここ開いてたかな」


 男は少しだけ開いたドアを不審に思い、ドアノブを掴んで引く。

 ドアが大きく開く。


 少しだけ身体を部屋の中に入れ、周りを見る。

 部屋は暗闇に包まれており何も見えない。


 男はランタンで部屋を照らした。


「何もないな。閉め忘れか。全く集合なんて面倒だぜ」


 男はそう言うと、ランタンを引っ込めて部屋に対して背を向ける。


 その瞬間、天井に張り付いていたフィンが男の後ろに着地し、男の膝を蹴って姿勢を崩して頸動脈を絞める。


 あまりにも鮮やかな流れだった。

 アサシンとして訓練を受けているはずの男が意識を失うまで五秒とかからない。


「警戒心が足りない。落第」


 フィンはそう評し、男の荷物を探る。

 目的のものを見つけた。


 派閥を示しているタグだ。それには黒い頭巾に三つ目の模様が入っている。


「パーティルガーか。こいつ等なら麻薬に関わっててもおかしくない」


 フィンには覚えがある相手だ。

 男は他にもカズサの似顔絵を持っていた。

 生死不明で、最悪首だけでもいいと書かれている。

 どうやら、敵で間違いないらしい。


 似顔絵を握りしめて、丸めて捨てる。


「さぁて、お仕事お仕事」


 男はしばりつけて転がしておく。

 今回殺しは無しだ。


 大量の死体を始末する手段がない。

 それがもし領主などに露呈すれば、表にアサシンがさらけ出される事になる。

 そうなればフィンが賞金首になってしまう。


 確実に殺しに来るだろう。


 なので、雇い主を始末する方向で行く。

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る