第298話 元教会をあとにする
「変な匂い。気持ち悪くなってきた」
私の隣で匂いを嗅いだカズサちゃんは鼻を押さえた。
同じ気持ちだ。しかも少しクラっとする。
粒を袋に戻す。
「なんでこんなところにこんな物があるんだろう」
「そりゃあ、誰かが置いたからだよ」
「じゃあ誰が?」
真っ先に思いつくのは以前この教会にいた人達だが、金目のものでもないのにわざわざ床下に隠す意味が分からない。それに退去する時に回収していかなかったのだろうか。
今まで生活していたカズサちゃんが気付かなかったくらいなのだから、人目につきたくなかったのは予想できる。
つまりこれは、秘すべきものということになる。
……カズサちゃんが対応していた人を思い出す。
利用価値が無さそうな元教会の強引な立ち退きに、雇い主は分からないが暗殺者の来訪。
これと繋がりがあるのだろうか。
もしそうなら、問題はこれをどうするかということだ。
私の考えをカズサちゃんに話す。
カズサちゃんは最初こそ戸惑いながら聞いていたが、最後には頷く。
「おかしいと思ってたんだよね。しつこいっていうか、熱心っていうか。これを回収したかったんだと思えば筋が通るか」
「多分、これを元通りにして家を出ていけばそこで解決すると思う。ただそんな人たちが欲しがるこれがまともに物だとは思えない」
「そりゃあ、ね。何も知らずに出ていったならまだしも、殺されそうになった原因をそのままにしていくのは気分が悪いよ」
カズサちゃんが中身の入った袋を掴む。
明かりを照らすとそれは麻袋だった。ずいぶんと使い古されている。
床下にはまだいくつか同じ袋が置いてあり、中身もある。
「持っていくか、置いたままにするか。カズサちゃんが決めて」
もし持っていくなら、もしかしたらトラブルの火種をカサッドに持ち込むことになる。
謝れば許してもらえるだろうか?
私は今早まった真似をしているのだろうか?
疑念が頭の中を渦巻く。
しかし友達が殺されそうになったという事実がそれらを押し退けた。
それに、ご主人様はまず話を聞いてくれるという信頼もある。
「……これを持っていく。せめて何なのか知りたい」
「分かった。カソッドについたら真っ先にお世話になっている人のところに相談しに行こう」
そう決めたら、最低限のものだけまとめておく。
三人で持ち運べる量だったのは幸いだった。
「どこでも買えるものは置いていくよ。嵩張るから」
「いいの?」
「うん。ここもずっと住むつもりじゃなかったから、なるべく物は増やさないようにしてたし」
「そっか」
そうは言っても、少し名残惜しそうに見えるのは気のせいだろうか。
そうこうしているうちに日が出てきて明るくなってきた。
休憩するために白湯を沸かして飲む。
ようやく少しだけ落ち着いた気がする。
私たち二人は床に座り、壁を背にして体重を預ける。
途中で起きたので少しだけ眠い。眠気を覚ます為にもう一口白湯を飲んだ。
「運があるのかないのか分かんないや」
「どうしたの?」
「んー、ちょっと思っただけ。良いことの後には悪いことが起きるなーって」
たしかに、カズサちゃんは波乱万丈に見える。
「ま、命があるだけマシかな。そういう意味じゃアズには何度も助けられっぱなしだね。私じゃ力になれるか分からないけど、困ったことがあったら言って。協力するから」
「そんな、いいよ」
「私の気が済まないの」
それから少しだけお互い何も言わずに静かに休憩する。
ゆっくりとした時間に高ぶった感情が落ち着いていくのを感じた。
白湯を飲み干してコップをテーブルに置く。
このテーブルも置いていくことになるのだろう。
「朝御飯の準備しようかな。手伝ってくれる」
「うん、分かった」
休憩を終えて立ち上がる。
買ってきた食材を使い切るとのことで、豪華な朝食になった。
レイ君を起こして皆で朝食を食べ、ここから出ることを説明する。
レイ君は素直に頷くと、小さいリュックを背負う。
ポータルはもう利用できる時間だ。
あまりここに長居していると新しいトラブルが起きる可能性もある。
早朝だが荷物を抱え、外に出る。
念の為私が最初に扉を開けて周囲を窺う。
誰もいないことを確認し、元教会をあとにする。
「こんな形でここを出ていくなんて思ってなかった。お金を稼いだら出ていくんだーって思ってはいたんだけどね」
「ここは嫌い?」
「嫌いじゃないけど、変化がなさ過ぎて退屈かな。ここは安定はしてるけど、豊かな訳じゃないし。私はともかく弟にとっては未来がないよ」
「そっか」
ポータルに到着した。
手続きを済ませて移動する。
レイ君は初めて利用するとのことだったので、三人で手を繋ぐことにした。
ポータルでカサッドに移動した私達は、その足でご主人様の店に向かう。
ちゃんと全部説明しなくてはいけない。
少し憂鬱だが、やらなくては。
「ちゃんと私も話すから」
カズサちゃんはそう言って私と目を合わす。
勝手な事をしたのは思えば初めてだ。
だがその不安も少しだけ和らいだ。
店に着いたので裏庭に向かう。
出発前に比べると裏庭は本格的に手入れされていた。
「うわっ、凄いね。これ家庭菜園?」
「うん。趣味なんだって」
違うけど、説明が難しいのでそういうことにした。
隅には土の精霊石の欠片を祭った小さな祭壇がある。
二人を連れて鍵を開けて中に入る。
エルザさんやアレクシアさんの姿は見えない。
この時間ならフィンさんやご主人様は起きているだろう。
そうだ、フィンさんにもあの男の事を聞かなければ。
ご主人様の部屋のドアをノックすると、入れという声が聞こえてきた。
初めてこのドアを開けた時と同じくらい、緊張している。
急に喉が渇いて来た。
ノブを回し、ドアを開けて中に入る。
そこではご主人様が椅子に座っていて、フィンさんがテーブルに腰かけていた。
何か話していたのだろう。
「遅かったな。それにその二人はどうした?」
「実は――」
私は向こうで起きた出来事を話す。
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