第297話 眠れぬ夜
カズサちゃんは私の言葉ですぐに状況を察したようだ。
レイ君が動かないように抱きしめてベッドの上で後ずさる。
冷静だ。良かった。
もしパニックになってバラバラになった二人を守りながら戦うとなると、とたんに難しくなる。
後ろで動かずにいてくれるなら、男を通さないように注意して撃退すれば良い。
「カズサ、剣を投げて欲しい」
「分かった。レイ、動かないでね」
「う、うん……」
カズサちゃんが私の剣を取りに動くのが背後の気配で分かった。
素手では制圧が難しいと感じていたところだ。
男はその様子に気付くと、舌打ちして動いた。
真っすぐこっちには来ず、横の壁へと跳ぶ。
邪魔な私を無視して二人に危害を加えるつもりだ。
男の後を追いかけても追いつけない。
私はカズサちゃんの方へと走った。
「これ!」
カズサちゃんが丁度私の剣を掴み、私へと放り投げた。
私はそれをキャッチする。
男はすでにカズサちゃんに迫っていて、鞘から剣を抜く暇はない。
私はそのまま剣を振りかぶる。
手に馴染む。私はやはり素手よりこっちの方がいい。
男がダガーをレイ君とカズサちゃんに向けて投げたのを見て、剣の軌道をそちらへ移す。
剣を振り抜いてダガーを弾き、接近する男へ再び向き直る。
いつの間にか男の両手には楕円形の変わった剣を持っていた。
男が剣を振ると、相手の剣がぶれたように見えた。
あの形には意味があるとは思ったが、視覚に影響するもののようだ。
暗闇に少しは慣れてきたとはいえ、見えにくいことに変わりはない。
その所為もあり、相手の剣が消えたように見えた。
私は相手の剣を見る事を諦め、相手の動きを注視した。
剣を振る方向やタイミングはそれで分かる。
本当に目が良くて良かった。
相手の剣を全て弾く。
剣の形が普通ではないので当たるタイミングが少しずれたが、魔物の攻撃に比べればまだ分かりやすい。
強く弾くことで相手の姿勢を崩す。
以前戦ったワニの魔物の持っていた剣が似ていたのも大きい。
私が全て弾くとは予想していなかったのか、相手に初めて少しだが隙が出来た。
剣を振りかぶっても恐らく回避される。
相手に当てるためには最速で攻撃しなければならない。
私は男に向かって走った。
一歩、二歩、三歩目で跳ぶ。
右手に握った剣を同時に突き出した。
胸の辺りへと吸い込まれるように鞘に包まれた剣が衝突した。
勢いが乗った一撃は相手を吹き飛ばす。
だが、手応えが軽い。
恐らく相手は当たる直前に後ろに下がったのだろう。
追撃の為に追いかける。
男は仕切りに激突して、一緒に倒れ込む。
男の顔へ剣を振り下ろそうとしたが、それは叶わなかった。
男は倒れ込むと同時に煙幕を張り、視界が塞がれてしまった。
最後に見えたのは窓から逃げる姿だった。
撃退は出来たものの、正体や誰の差し金かは分からなかった。
ひとまず安全になったと思っていいだろう。
蝋燭の火をつけて明かりを確保する。
「あ、窓が割れてる。あいつ!」
男が居なくなった後、カズサちゃんが窓を確認して激昂していた。
侵入する時に割って入ったのだろう。
私も確認してみると、鍵の辺りが綺麗にくり抜かれている。
これで鍵を解除して窓を開けて侵入してきたようだ。
戻ったらフィンさんに聞いてみれば何かわかるかもしれない。
今夜はレイ君だけ寝かせて私とカズサちゃんは起きている事にした。
襲撃がまたないとも限らない。
それに私もカズサちゃんも寝ずの番には慣れている。
「ほら、暖まるよ」
カズサちゃんがホットミルクを用意してくれたので、コップに口をつけて一口飲む。
火傷しそうなくらいの熱さが、緊張を解きほぐしていった。
「おいしい」
「よかった」
カズサちゃんはそう言って自分の分を飲む。
少しの間、身を寄せ合ってホットミルクを口にする。
「ありがとう。また助けられちゃったね」
「ビックリしたけどね」
「そりゃそうか。やっぱりあいつ等が雇ったのかな。怪しいとは思ったけどこんなことまでするなんて思わなかった」
「それは……分からない。逃げちゃって情報も得られなかったし」
「やっぱりここは出た方が良さそう」
「うん。私もそう思う。最低限の荷物だけもって明日にでも離れよう」
今日はなんとかなったが、ずっとここに居る訳にもいかない。
「あーあ。せっかくこんな場所でも家を借りれたと思ったんだけど」
カズサちゃんはそう言ってため息を吐いた。
気持ちは分かる。
だが、こんなことがあった以上は身の安全を考えるべきだと思う。
それはカズサちゃんもよく分かっている。
「宿なら安く借りれると思う。たしかあの人に伝手があったから」
ご主人様が確保している宿がある。
あそこならここよりもずっと安全だ。
もしかしたら勝手に言うなと怒られるかもしれないが、客を連れてきたといえば何とかなるかもしれない。
「うーん。うん。悩んでも仕方ない。トラブルなんてよくあることだし。ただ、分からないのはなんでここにこだわるのかなんだよね。どうするつもりなのかは分からないけど、殺してまで確保しようとするのって普通じゃないよ」
「それは、そうだと思う。ここは古い教会なんだよね」
「うん。まとまったお金が手に入ったから家を借りようと思って探してたら、ここの事を聞いたんだ。私が借りる前は無人だったみたいなんだけど……」
古い教会にそこまでする価値があるのだろうか。
奉っていた神様は太陽神ではなく、どうやら農業に関わる神様らしい。
気にはなるが、二人の安全が最優先だ。
明日カソッドに一緒に行くことにした。
カズサちゃんも同意してくれた。
レイ君が起きたら荷物をまとめて、それから移動する予定に決まった。
貴重品の類はこの部屋にまとるてあるらしいので、私がレイ君を見ている間に片づけてもらう
ふと見た窓から覗く月は満月だった。
「あれ?」
「どうしたの?」
カズサちゃんが不思議そうな声を出したので声を掛けて近づく。
そこは男が衝突した辺りで、衝突の影響で床が抜けてしまっている。
不可抗力だと思いたい。
「ごめん、これ」
「そうじゃなくて」
床の事を言われるのかと思ったら、そうじゃなかった。
カズサちゃんが蝋燭の火で床を照らすと、床板の下に何かある。
手を伸ばしてみると、それは袋だった。
密封されている。
「なんだろう、これ? 開けてみる?」
「うん」
何が入っているのか気になり、封を解いた。
袋の中には乾燥した粒のようなものが入っていた。
植物の実の様な気がする。
「なにこれ?」
「なんだろう? 乾燥してる」
匂いを嗅いでみると、変な匂いで口の中に苦みを感じた気がした。
あまり良い匂いではない。
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